391 2003・9・25

法の裁きをブッシュ大統領に!
〜アフガニスタン国際戦犯民衆法廷第一回公判開催
ICTA検事団事務局長 猿田佐世(東京)


アフガニスタン国際戦犯民衆法廷(ICTA)第一回公判が、二〇〇三年七月二一日、東京(日本教育会館)で行われた。
アフガン民衆法廷は、二〇〇一年の九・一一同時多発テロを受け、アメリカがアフガニスタンに対して行った報復攻撃をあらためて疑問視し、戦争反対の声をあげていこうとする民衆法廷運動である。アメリカ大統領のブッシュ氏を被告人に据え、その行為の国際法上の責任を明らかにする。
アメリカは、アフガン攻撃、イラク攻撃と暴挙を続けている。現在、国際社会においては、悲願であった国際刑事裁判所(ICC)の設立が決定され、活動開始を目前とするが、アメリカはICCに反対する姿勢を貫いている。また、ICCは設立前の犯罪を裁かないことからも、アメリカの暴挙の正当性を問う場は世界中どこにも存在しない。このような行為が放置されてよいのか、許される行為なのか。法的に違法な行為か否かを問う場が国際社会において存在しないなら、市民の手で問うしかない! そして、始められた活動がアフガン国際戦犯民衆法廷である。

第一回公判では、被告人ブッシュ大統領に対する起訴がなされた。判事団には団長の新倉修氏(青山学院大学)を筆頭に、水島朝穂氏(早稲田大学)・アーリンダー氏(アメリカ)・アクロイド氏(イギリス)・バグワティ氏(インド)を迎え、土屋公献氏(弁護士)を検事団長とする検事団が起訴状の概要を朗読した。
検事団は、ブッシュ大統領を、@侵略の罪、A戦争犯罪(民間人攻撃・民間施設攻撃・捕虜虐待)、B人道に対する罪(迫害の罪)で起訴している。
「侵略の罪」は、ICC規定においてもその定義が確立していない。侵略する側の国々は侵略の罪の定義は狭ければ狭いほど望ましく、侵略される側と激しく対立し、未だ意見の一致が見られない。現在の状況が続けば、侵略の罪がICCでの構成要件から落とされる可能性すらあるという。しかし、それでは侵略国の思惑通りである。侵略の罪が国際法上犯罪として確立するよう、その定義をICTAにおいて確立・提言し、国際社会に例を示したい。
「民間人・民間施設攻撃」などでは、具体的な被害をあげ、すでに七回派遣している調査団の調査結果を中心に、個々人の受けた損害を立証している。

起訴状の朗読とともに第一回公判では、アフガン攻撃の様子や生々しい被害状況が映像で映し出された。クラスター爆弾の親爆弾が投下され、空中で子爆弾を炸裂するその様は、その映像を目にするまでは具体的なイメージを持ち得なかった。街中に死体が転がる様子も、日本のマスコミは伝えないため、私たちはこれまで知る由もなかった。
公判では、被害者に対する尋問もなされたが、これは、平和運動への姿勢をあらためて考えさせられる機会となった。「戦争というものはこうも人の人生に甚大な衝撃を負わせるものか」と。被害者は殺された家族の話を懸命にするのだが、取り乱し、泣き叫び、言葉にならない。実名を隠し、ついたての後ろで話をする(米軍による被害を証言することは、アフガニスタンでは命をもねらわれることを意味する)のだが、その状態においても、尋問する検事が躊躇するほど彼らの動揺は凄まじく、彼らが受けた被害を身にしみて感じた。平和な日本においては、こうした取り組みを行う私たちも声高に戦争反対を唱えつつ、その被害の実態を知るのは困難である。第一回公判では、被害者の計り知れない悲しみを、会場のみなが痛烈に胸に刻み込んだ。
その他、ICTA活動では、公判に先駆け一二回の公聴会が全国各地で行われ、被害者証言・現地調査団の報告などがなされているが、公判ではこれらの記録が証拠として提出された。
これに対し、アミカスキュリエ(法廷助言者)が、ブッシュ側の反論を述べた。九・一一テロ事件は、「国際の平和及び安全に対する脅威」(安保理決議一三六八・一三七三)である。これに対処する有効な国際法は確立されていないのであって、その場合にあっても、検事団は被告人ブッシュに対し法を守れと要求するのか。アフガン攻撃は九・一一テロ事件の対抗措置としての行為であり、「第二次世界大戦後最初の真の正戦」である……。
説得力ある発言と、詳細な法的問題点の指摘を受け、傍聴席は静まり、判決の行方は如何との感想が多く寄せられた。なお、本法廷に弁護人は置かれていないが、これは弁護人を置くならば民衆法廷の意義から否定するであろうなどの理由に基づく。

第二回法廷では、日本国総理大臣小泉純一郎氏の責任も問うていく予定である。起訴状では直接的には小泉氏の責任に触れていないが、アフガン空爆に要した給油の四〇%は日本が行ったとの事実があり、空爆被害の四〇%は日本人によるものともいえるのである。アフガン法廷を日本で行うことの意義はここに存する。
ICTAは、みなさまのご支援もあり、全国の公聴会で毎回数百人の参加者を集め、新しい平和運動の形として大きな躍動感とともにすすんでいる。公聴会も引き続き予定され(九月マニラ・一〇月東京etc)、二〇〇三年一二月一三日・一四日には、第二・三回公判が東京(九段会館)で開催され、結審・判決を迎える。
第二・三回法廷では、検事団からは劣化ウラン弾による攻撃を追起訴予定、また、アメリカの世界戦略(石油戦略)を立証、その他被害者尋問などを行う予定である。

九・一一事件で国際法の秩序は壊されたのか。これまで多くの殺戮を繰り返し、長年の模索の末、必死の思いで確立してきた国際法秩序というものは、一超強国の一瞬の決断によってもろくも崩れ去ってしまうのか。戦力のみが解決方法であることを認めるのか。
あらゆる方法で、世界中を巻き込もうとしている戦争への流れを止めなくてはならない。その新たな一活動として、アフガン国際民衆戦犯法廷へ、皆さまのご注目・ご支援をお願いしたい。詳しくはホームページ(http://afghan-tribunal.3005.net/)をご覧下さい。

※ICTA: International Criminal Tribunal for Afghanistan



利息制限法は守られた!
ー日栄訴訟・最高裁判決の報告
神奈川 呉東 正彦


日栄は「手形の切返し」という独特の手法によって借主に継続的に高金利を支払わせ続け、いざ借主が不渡を出すと、「腎臓売れ、肝臓売れ」というような「日本信用保証」と一体となった厳しい取り立てによって元本を回収してきた。
ところが、いざ訴訟となると、債務者側の利息制限法の主張に対して、
(1) 手形貸付は、一つ一つ独立した取引であるから、発生した過払金を次の貸付に充当して元本を減額させることはできず、過払金の合計を、最後に手形金債務残額と相殺する方法によるべきである、
(2) 日本信用保証と日栄とは別法人であるから、同社への一〇%近い保証料等は利息制限法三条の「利息」にあたらず、制限超過利息として元本に充当することはできない、という主張をしてきた。
そして、この二つの争点についての訴訟が全国の裁判所に何百件と係属して争われ、日栄の営業実態や、利息制限法に関する最高裁の充当法理を理解しない多くの裁判所で、日栄の主張を認める判決が出されたため、サラ金等について実務に定着してきた利息制限法の充当計算の体系に、日栄一社のみ実質年率にして三〇%を超える高利の取得が許されるという「歪み」が発生する状況が生じた。
高裁レベルでも、東京高裁二〇〇〇年三月二九日判決が、二つの争点について債務者勝訴の判決を下したものの、その後、福岡・大阪・広島・仙台と敗訴判決が相次いで、二〇〇二年九月の時点で七勝二一敗と、まさに危機的な状況となった。

これに対して、「日栄・商工ファンド対策全国弁護団」は、最高裁での勝利を確信し、全国の弁護団員の力を結集して、以下のような取り組みを行ってきた。
(1) 事実と理論の両面から掘り下げた統一書面を、何カ月おきに作成し、最高裁に提出し、全国の各事件でも活用した。
(2) 日栄の営業実態等についての全国の事例や刑事記録を統一書証としてまとめ最高裁に提出し、全国でも活用した。
(3) 二つの争点についての森泉・鎌野両教授の「鑑定意見書」を提出した。
(4) 何カ月おきに最高裁要請行動を行うとともに、個別の最高裁係属事件について弁護団による連携体制をとった。
このような取り組みの成果として、次第に地裁レベル、そして、二〇〇一年後半からは高裁レベルで勝訴判決が相次ぎ、特に二〇〇二年一〇月からは、東京・大阪を中心とする高裁で、理論的にも掘り下げられた勝訴判決が続いた。そしてとうとう、二〇〇三年四月に最高裁から、各小法廷ごと一件ずつの弁論期日指定の連絡があった。
全国弁護団では、事前に何回か打合せをもって、主張要約書面を提出し、弁論についても論点ごとに担当を決め、内容を詰めて練習したうえで、六月の各弁論期日に臨み、気迫の弁論を行った。

最高裁第二小法廷は、七月一八日に、このうちの第一件目の事件につき、この二つの争点について、債務者完全勝訴の判決を下した。すなわち、
(1) 子会社である日本信用保証の保証料の「みなし利息」該当性については、「一審被告の受ける利息等と日本信用保証の受ける保証料等の合計額が法所定の制限利率により計算した利息の額を超えていること、……一審被告は法を潜脱し、一〇〇%子会社である日本信用保証に保証料等を取得させ、最終的には……保証料等を自らに還流させる目的で、借主をして日本信用保証に対する保証委託をさせていたということができるから、日本信用保証の受ける保証料等は法三条所定のみなし利息に当たるというべきである」と判断した。
(2) 過払金が即時法定充当され、元本が順次減少するかについては、「借主は、借入れ総額の減少を望み、複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられることから、……特段の事情のない限り、弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認することができる。また、法一条一項及び二条の規定は、金銭消費貸借上の貸主には、借主が実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎とする法所定の制限内の利息の取得のみを認め、上記各規定が適用される限りにおいては民法一三六条二項ただし書の規定の適用を排除する趣旨と解すべきであるから、……この過払金は、……特段の事情のない限り、民法四八九条及び四九一条の規定に従って弁済当時存在する他の借入金債務に充当され、当該他の借入金債務の利率が法所定の制限を超える場合には、貸主は充当されるべき元本に対する約定の期限までの利息を取得することができないと解するのが相当である」と判断した。
同判決で特に重要なのは、最高裁が、利息制限法は借主が実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎とする法所定の制限内の利息の取得のみを認めたものであり、借主の意思は借入れ総額の減少を望み、複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と明言したことであり、この部分はまさに利息制限法解釈の基本原則が凝縮されたものと言える。
そしてこの基本原則から、
(1) 最高裁は、充当計算の方法についても、個別充当計算によらねばならぬとしたものではなく、むしろ、借入れ総額の減少を望み、複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まない借主の一体的な充当指定意思と法が通常借主が実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎としたことに基づき、最も簡明な一連の充当計算を基本型とし、個別充当や系統別充当とともに、一連の充当計算をも債務者が選択可能なことを判示したものと言える(原審判決も、個別債務の充当の結果として一連の充当計算をしている)。
またこの基本原則は、この判決から直接明らかではない(2)個別契約では、受領額が百万円未満でも、利用可能金額合計が百万円を超えている場合に、適用利率は一五%とされるべきこと、(3)過払金発生時に別債務が存在せず、その後に別債務が発生した場合も、その時点で過払金が充当ないし差引計算されるべきことについても、強力な理論的根拠を提供していると言える。
これに次いで最高裁第一小法廷は、九月一一日に、また第三小法廷は、九月一六日に、第二小法廷判決と同様に、二つの争点について日栄の主張を退ける判決を下した。残る最高裁係属事件も債務者敗訴事件につき年内にも全て口頭弁論が開かれ、破棄差戻される見込みである。

いずれにせよ、さらに今後の判決によって残された点を明確にし、高利から債務者を速やかに解放するという利息制限法の趣旨を徹底するとともに、日栄を初めとする全国の高利商工ローンから借主と保証人を速やかに高利から解放する道を確立することが次なる課題である。


内部告発の正当性を認定
─いずみ市民生協内部告発事件─
大阪 谷 英樹


生活協同組合の幹部職員が、役員の不正行為を内部告発したことに対して懲戒解雇等の報復的措置を受けたことについて、大阪地方裁判所堺支部は、二〇〇三年六月一八日、懲戒解雇等の報復的措置が不法行為にあたるとして、生協の元役員らに対して損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。


○内部告発
  ―役員による組合財産の私物化

大阪いずみ市民生活協同組合は、大阪府下南部を区域とし、約二九万世帯の組合員を擁し、供給高で全国九位のわが国でも有数の生協であるが、当時の副理事長(その後辞任)が長年にわたって、組合財産の私物化をはかる不正行為を働いていた。
これらの事実は、一部の役員グループとそれにごく近い職員のみが知っていただけで、大部分の職員はもとより、組合員にもいっさい知られていなかった。ところが、一九九七年五月、三人の幹部職員が生協の総代(最高決定機関である総代会を構成する代議員のようなものである)らに匿名の内部告発文書を配布し、これによって組合員の前に明らかにされた。そして、このことは新聞などでも大きく報道され、生協内外に明らかになった。
内部告発で明らかにされた内容は、次のようなものであった。
@ 前副理事長は、自分名義で土地に生協の負担で三億円近くもの建築費をかけて建物を建てさせ、そこを事実上の私邸にしていた。そして、土地購入の際の借入金は、生協から受け取る賃料で賄っていた。また、職員をそこに泊めて身の回りの世話をさせたり、セクハラ事件を起こしたりしている。
A 生協は一億円以上をかけて六件のゴルフ会員権を取得したが、これらのゴルフ場は前副理事長ひとりしか利用できず、しばしば生協の経費でプレイしている。また、生協が出資する旅行会社にハワイのコンドミニアムを買わせて、年に数回、生協の経費で宿泊したうえ、ゴルフをしていた。
B 生協本部に設置されたレストランは、前副理事長が使うとなると突然貸し切り閉店となり、来店した組合員は締め出しを食らうことになる。また、前副理事長の執務室の奥には、前副理事長専用のベッドルームやシャワー室までついている。さらに、前副理事長は、生協の経費で洋服・ゴルフ道具・ライター・時計などを購入させ、これらを個人的に使用したり、個人的な贈答品として利用していた。
C 前副理事長は、年に数回、国際交流と称して海外旅行に出かけているが、一回の渡航で使う約五〇〇万円から一〇〇〇万円の費用のほとんどは、生協の経費で賄っている。

○生協の報復

この内部告発に対して、生協は、いち早く、その内容は事実無根であるとして、三人は外部勢力と手を結んで、生協を乗っ取ろうとしているなどと公然と非難する(名誉毀損)とともに、二人を懲戒解雇とし、一人を一年以上にわたって自宅待機とし、まったく仕事を与えないという報復的措置をとった。
懲戒解雇処分を受けた二人の職員は、ただちに地位保全の仮処分を申し立てるとともに、自宅待機となった一人を加えて損害賠償を求める訴えを提起した。この損害賠償請求訴訟については、被告は最初は生協のみであったが、その後、前副理事長とそのもとで不正行為を行っていた当時の専務理事の二人を追加した。
地位保全の仮処分については、一九九九年六月三〇日、大阪地裁堺支部によって、解雇が無効であるとして賃金の仮払いを命じる決定(地位保全は保全の必要性がないとして却下)がなされ、生協はこれに基づき職場復帰を認めた。
損害賠償請求訴訟については、二〇〇一年六月五日、法人としての生協との間では和解が成立したが、前副理事長と前専務理事は責任を認めず、訴訟は継続し、これが今回の判決にいたった事件である。

○争点および判決の内容

本件の中心的な争点は、内部告発の真実性と相当性であり、他に、懲戒解雇などへの前副理事長の関与の有無などの事実関係も争点となった。
判決は、内部告発の真実性について、内部告発の内容は、根幹部分において真実または少なくとも真実であったと信ずるにつき相当な理由があったと認定した。
そのうえで、内部告発は、高い公益目的に出たものであること、方法も正当であること、内容も全体として不相当とはいえないこと、手段においても著しく相当性を欠くようなものではないこと、本件内部告発以後、生協において一定程度の改善がなされており、生協にとってもきわめて有益なものであったと解されることなどを総合的に考慮すると、本件内部告発は正当なものであって、これを理由に懲戒解雇することは許されないと判示した。
そして、名誉毀損と懲戒解雇による三人の慰謝料として、それぞれ一五〇万円から一八〇万円の支払いを命じた。
この内部告発がなければ、そこで明らかにされた事実は隠蔽され、現在でも組合財産の私物化が続けられていたであろう。その意味で本件内部告発は、組合員の利益にとって決定的な意義を有するものであり、本判決はそのことをきわめて正当に評価したものである。
そして、この判決は、従業員による内部告発について、オーソドックスに真実性と相当性を要件として正当性を認め、内部での改善の努力などそれ以外の要件を課しなかった。こうした点で、内部告発を厚く保護したもので、先例的価値は大きいものと思われる。
現在内閣府で検討されている公益通報者保護法案では、まず、事業所内部の「窓口」に通報するか、または行政機関に通報するなどの手続きが求められ、それを欠いた内部告発は保護されない。この法案が対象にするのは、「消費者利益に関する利益」の告発であって、本件のような組織運営上の問題についての内部告発は適用範囲外であるが、そこで定められた内部告発保護の要件が影響をおよぼしてくる可能性がある。
本判決は、このような特別の要件は必要ないとしたものであって、この判決の水準を後退させてはならないと思う。


私立大学の「ぼったくり」に司法判断
学納金返還請求訴訟京都地裁判決
大阪 河野 豊


一 当然ながらも画期的な判決

ようやく判決が出ました。数十年間もの間、受験生の弱みにつけこんで、入学金だけでなく授業料をもボッタクッてきた私立大学を断罪する判決が。
二〇〇三年七月一六日、京都地裁第一民事部(水上敏・福井美枝・尾河吉久)は、二〇〇二年度の入学について、学校法人京都女子学園と同京都成安学園に対し、前納していた授業料だけでなく、三月中に入学を辞退した合格者については入学金をも返還するように命じたのです。
この判決は、学納金返還請求大阪弁護団(通称、「ぼったくり弁護団」)で取り組んでいる裁判群の中で初めて出された判決で、大筋においては、当事者の意思や社会通念、および法律解釈の前提である正義の理念に合致する正当なものでした。

二 教育機関にあるまじき悪習

私立大学による学納金不返還という悪習は、数十年前から問題とされていましたが、ほとんどすべての私立大学が行ってきていますので(入学金については国立大学もが不当に利得を得ている)、多くの受験生と保護者は、ずっと泣き寝入りをしてきました(学納金の返還を求めて裁判を起こした方もありましたが、官僚的○○裁判官による形式的判断によって敗訴した)。
ところが、二〇〇一年四月一日、悪質商法を駆逐するための消費者契約法が施行されたことで、学納金についての問題状況も明らかになり、この悪習を是正するための運動が起こりました。その一環として結成されたのが、わがぼったくり弁護団なのです。なお、現在は、大阪以外にも東京・名古屋・広島・福岡の各地で弁護団が立ち上がっています。

三 判決の中身

この裁判における主たる争点は、@大学と受験生との間に締結された在学契約に消費者契約法の適用があるか、A学納金、とくに入学金の法的性質、B消費者契約法第九条の「平均的損害」の金額、の三点です。
ぼったくり弁護団の主張は次のとおりです。@消費者契約法の適用除外は労働契約だけであるから、在学契約に同法の適用があるのは当然、A入学金を含めた学納金はすべて前払報酬または前払費用であるから、入学しなければ返還されるべき、B入学辞退に伴って大学に生じる「平均的損害」額の立証責任は大学側にあるところ、多くとも事務手続費用だけである。
これに対する大学側の主張は次のとおりです。@大学は公共的な事業を営んでいるから消費者契約法の適用はない、A入学金は、入学資格を取得・保持することの対価であるから、入学資格を取得すればその目的を達するので、返還すべきか否かという問題自体が生じない、B消費者契約法の適用がない以上、「平均的損害」の問題は生じないが、あえて想定したとすると、在学中(大学では四年間、短期大学では二年間)の学納金全額である。
このような@からBのすべての争点に対し、判決は、概ね弁護団の主張を取り入れ、結論として、三月中に入学辞退をした合格者については、「平均的損害」の立証がないものとして、学納金全額の返還を命じたのです。
判決は、在学契約を「準委任契約、施設利用契約等の性質を併せ持つ有償双務契約」であるとして、合格者が「在学契約をいつでも将来に向かって解約することができ」るとしました。そして、学納金を「特段の事情がない限り、その名目にかかわらず、広い意味では、すべて大学等が提供する狭義の教育活動、その他の役務、施設利用の対価」と解して、在学契約が解約された場合には、合格者がすでに支払った学納金のうち、「既履行部分の報酬及び費用に相当するものを控除した金額の返還を請求することができる」と解しました。
ただし、この判決は、同時に、「『入学金』を代表とする入学時のみに支払を求められる費目は、大学等の提供する諸種の便益を受ける学生としての地位を取得するについて、一括して支払われるべき金銭であって、入学に伴って必要な大学等の手続及び準備のための諸経費に要する手数料としての性格を併せ有する」として、入学金の法的性質については錯綜した判断を行い、三月中に入学辞退の意思表示を行わなかった合格者が納入した入学金の返還請求を棄却しました。
この点は、「いかなる理由があっても返還しない」という入学要項の記載文言を信じた受験生の犠牲の下に、そんな文言を記載した大学の不当な利得を認めるという結果を容認するものですから、きわめて大きな欠陥であると考えています。

四 今後の行方

いずれにしろ、一番初めの判決が、大筋において常識的な判断をしてくれましたので、受験生も弁護団も勇気づけられました。授業料を返還するのはきわめて当然で、これについてはあまり心配していませんでした(それでも心配が皆無でなかったところに現在の司法の危機的状況が現れている)。しかし、入学金については、その法的性質や「平均的損害」との関係で大きな不安を感じていました。
判決は、さすがに「ぼったくり」は許せないと考えて、多くの合格者を救済してくれましたが、三月中に入学辞退しなかった合格者の入学金については救済しませんでした。この裁判官は、一応、事案の妥当な解決をめざして自分の頭で考えているものと評価できますが、入学金に対する判断には、まだまだ思い切りが足りません。
大学側は、在学契約に消費者契約法の適用がないという、とうてい通りそうもない主張に固執し、それがために入学金についてまで敗訴してしまいました。この作戦は、「ぼったくり」のない下での新たな財務体制を確立できない大学側の戦略でしょうが、控訴審では、主戦場である「平均的損害」についての攻防が始まりますので、大学としても内部改革を急がなければなりません。
これから一一月にかけて、多数の判決が次々に出される予定です。その中には、消費者契約法の施行前のものもあります。弁護団としましては、高裁・最高裁でも対決していくつもりですし、未だに「ぼったくり」を行い続けている大学に対しては、新たな提訴も行うつもりです。
世の中から「ぼったくり」が早くなくなりますように。


司法制度改革
今月の論点

最高検「刑事裁判の充実・迅速化に向けた提言」について


1 最高検は、七月一五日、「刑事裁判の充実・迅速化に向けた方策に関する提言」(以下、「提言」という)を公表した。「提言」は、この間の裁判員制度・刑事検討会における議論状況および裁判迅速化法の成立を踏まえ、刑事裁判の「充実・迅速化のため、現行法制下において検察がとるべき諸方策を」検討したもので、とくに、「@……争点整理・証拠整理のための新たな準備手続の創設、争点整理のための証拠開示問題などをめぐり制度改革が検討されていることを踏まえ、現行法の下で可能な限りその趣旨を実現する方策」「A直接主義・口頭主義の実質化(公判の活性化)の観点から諸制度の在り方が検討されていることを受け、現行法の下で公判審理をできるだけ充実・活性化させる方策」「B……被疑者の取調べの適正さを確保することに関する制度を十分踏まえ、その適正を一層確保するための方策」を検討することを念頭においたものとされている(以上、「はじめに」)。

2 「提言」は、証拠開示につき、「弁護人が争点に関連する証拠の開示を申し出た場合には、……できるだけ柔軟に対応すべきである。/……弁護人が、反対尋問のため、当該証人の供述調書を主尋問前に開示するよう申し出た場合には、……できるだけ、その申出に柔軟に対応すべきである」とする(「第2 争点整理と証拠開示の在り方」)。
しかし、証拠開示については、第一回公判前はこれを事前打合せにおける争点整理と抱合せにし、主尋問前の証拠開示はこれを同一期日の反対尋問を前提としている。また、事前全面開示についてはこれを認めない。争点明示義務の創設等危険な事前打合せの創設(「第1 争点の明確化と証拠整理」)、弁護側に対する時間的・報酬的配慮のまったくない連日的開廷・集中審理の創設(「第3 集中的審理の積極的実施」)と相俟って、証拠開示を被告人の防禦の手段としてではなく、迅速化の一材料に堕さしめるものである。

3 また「提言」は、裁判員制を視野におき、直接主義・口頭主義の実質化を謳って公判重視の姿勢を示している(「第12 公判立会体制と公判支援の在り方」など)が、しかし、「証人尋問を的確に行うためには、捜査段階において供述者から真実の供述を得ておくことが重要である」(「第6 証人尋問の在り方」)、「今後、直接主義・口頭主義が更に重視されることになっても、……自白の重要性に基本的に変わりはない」(「第9 自白の任意性の立証」)とし、依然として捜査における自白重視・調書獲得の姿勢に対する反省はなく、勾留・保釈の運用改善についての言及もまったくない。
直接主義・口頭主義の実質化のためには人質司法の改善こそが急務である。

4 さらに、「提言」は、「この機会に、被疑者にとって、弁護人との接見交通は、弁護人から適切な助言を受けるための重要な機会であ……ることを改めて確認し、……なおいっそうの配慮をしていくべき」とする(「第9 自白の任意性の立証」)。しかし、この接見交通への配慮は、「自白の任意性を客観的に担保する方策」の項において記載されていることから見て取れるとおり、弁護人との接見の機会があった上で作成された自白調書の証拠能力を争う余地を封ずるねらいがある。
接見交通権は、自白の任意性判断の一資料ではなく、被疑者の防禦のための人権であることを、強く主張すべきである。

5 「提言」には、刑事弁護の観点からしても、従来の検察のあり方からすれば前進ではないかと一見思われる内容もあるが、しかし、その根底には、迅速な科刑という理念のみが流れていることが見て取れる。
被疑者・被告人の防禦に対する危険性を踏まえた評価が必要である。
(東京 町田伸一)


新刊旧刊

◎田島泰彦・斎藤貴男・山本博編著
「住基ネットと監視社会」

神奈川_渡辺登代美


一 全国どこでも住民票の写しがとれる。こんな宣伝文句で、二〇〇二年八月五日、住基ネットがスタートした。今年の八月二五日からは、住基ICカードの交付申請受付が始まるそうで、広報に案内がでていた。
 私は横浜市民である。もちろん、住基ネットへの接続は拒否している。だから「住基ネットに関するサービス」を受けることはできない。さてさて、どんなサービスが受けられるのか。広報によれば、「住民票の写しが、全国どこの市区町村からでも請求できるようになります(本籍入り住民票や除票などの住民票は請求できません)」。よその土地で住民票をとらなければならないような事態は、一生に何度あるだろう。本籍が入らなければ、法律扶助の申請もできない。これだけのことのために、私たちは一体どれだけのものを失うことになるのか。
 前置きが長くなった。本書は、私たちがあるかなきかの利便性と引き換えに行政に譲り渡すものがどれほど大きなものか、そして、それがどんなに危険なことであるかを各分野の専門家が解き明かしている。
 編者を代表しての田島泰彦上智大教授のはしがき「人間の尊厳を譲り渡さないために」は感動的である。「住基ネットの本格稼動が目前に迫り、個人情報保護法があっさり通過し、有事立法があっという間に成立するなど、監視社会と『戦争をする国』に向かって、この国はなりふり構わず暴走を続けている。人間の自由と尊厳を守り抜くために、私たちは何とかしてこの激流に抗い、非人間的な社会の出現を食い止めなければならない。それは歴史に対する私たちの責任でもある」

二 執筆者は二二人。学者・ジャーナリスト・弁護士・医師などさまざまである。内容も、住基ネットの問題性とその差し止め訴訟の展開、個人情報保護法、地方自治体との関係、監視カメラ・Nシステム・生活安全条例などによる相互監視社会化の問題、アメリカ合衆国・イギリス・フランス・ドイツ・韓国など各国の動向と多岐にわたる。これらを複合的にみて、この国が向かいつつある監視社会の危険性を浮き彫りにし、警鐘を打ち鳴らしている。
 短いが、後藤昌次郎弁護士の、住基ネット差止訴訟における意見陳述原稿は圧巻である。いわく、「かけがえのない命であり、人格であり、生活者であるという人間の本質を数字に変え、支配権力の管理・統制の道具とすることは、平和と人権を至上の価値とする憲法に反逆することだ」

三 私事ながら、このごろ生活安全条例から入って、住基ネット、個人情報保護法、人権擁護法案、共謀罪の創設問題など、監視社会について勉強させられている。本書は、これら全般について多方面から考究されており、認識を深めるのに非常に役に立つ。
 しかし、そればかりではない。住基ネットは便利であり、監視カメラは犯罪防止のために必要だと思っている人にこそ是非読んでほしい。私たちが進まされようとしている近未来の実相を正確に見据えてほしい。
四 この状況を打開し、克服する途はあるのか。小田中聰樹専修大学教授は「ある」と答える。鍵は、市民の真の人間的・社会的連帯の強化であるという。あらゆる分野で人間的・社会的連帯の回復、強化に向け地道に取り組まなければならない。その先にしか人間の未来はない(日本評論社発行、定価二〇〇〇円+税)。


「高」訴訟(生活保護費減額処分取消請求訴訟)について
北陸 奥村 回


一 事件の概要


原告の高さんは、二四時間介護の必要な身体障害者である。障害年金と生活保護により、施設へは入らず、アパートで一人暮らしをしている。口は達者だが、身体は車椅子に座った姿勢を維持できるのみで、すべての生活に(布団で寝る場合にも)介護を要する。しかし、現実の介護は、一日一〇時間に満たない。絶対的な費用不足が主たる原因である。
その高さんが、石川県心身障害者扶養共済年金(月額二万円)の支給を受けたものの、それが生活保護で収入認定されたため(生活保護費が、その金額分減額される)、審査請求、そして訴訟となった。
訴訟は、生活保護法の収入認定が可能かどうか? 他人介護料の特別基準に上限を設けることができるかどうか? その金額は? そして、高さんに保障されるべき介護は? そもそも高さんが一般社会で暮らす権利と必要な保障は?などが問題となった。

二 主な経過


◇一九九四・五・一八 審査請求
◇一九九五・七・一八 訴訟提起
◇一九九九・六・一一 第一審(金沢地裁)判決
◇二〇〇〇・九・一一 控訴審(名古屋高裁金沢支部)判決
◇二〇〇三・七・一七 最高裁第一小法廷の決定

三 判決内容など


いずれも高さんの勝利。
原告の生活実態を詳細に認定し介護料が不足していること、障害者の権利(自立)等に関する国際的・国内的な法や制度の流れを認定したうえで、収入認定を規定する生活保護法四条および八条の法解釈により、原告勝訴を言い渡した。ただし、他人介護料の基準そのものの問題については、国の裁量を大きく認める判断に終わった。
上告審で、被告(金沢市社会福祉事務所長、ただし、実質的には国)は、控訴審と同じく、収入認定そのものが行政の裁量であるとの主張を繰り返したが、二〇〇三年七月一七日、最高裁第一小法廷は、全員一致で上告を受理しない旨の決定を下した。

四 その後の動き


◇二〇〇三・七・二八 
金沢市社会福祉事務所長(被告)が、二〇〇三年八月分から、扶養共済年金を収入認定しない旨の保護変更処分を出す。
◇二〇〇三・八・七
厚生労働省社会・援護局保護課が、生活保護関係全国係長会議資料の中で、心身障害者扶養共済制度に基づく年金の取り扱いについて、全国で収入認定しない取り扱いとすることを通知し、保護の実施要領にも明記することとした。

五 本件訴訟の成果など


第一に、一審および控訴審が認定した障害者への支援等の流れ、そして障害者においても、施設ではなく通常の社会で生活していく権利があり、それが最大限尊重されなければならないとしたことなどは、障害者関係立法、諸施策の基本を確認し、その方向性を示したものと評価できる。
第二に、被告側は、終始、生活保護行政の行政裁量を強力に主張してきたが、裁判所は、生活保護法四条の収入認定についてではあるが、被告側の裁量論を認めなかった。これは、社会保障や福祉などの場面だけではなく、行政訴訟において被告側からきわめて多種多様・広範囲なものとして、常に主張され続けてきた行政裁量論に対し、一つの釘を刺したものである。
第三に、本件が最高裁までいったため、心身障害者扶養共済制度に対する生活保護の取り扱いが全国的に改定されたことである。
第四に、第一点とも関係するが、本件では、障害者に対する介護の必要やあり方等が問題となり、介護保険やその他の介護制度への影響も考えられる。
第五に、まだ支給されてはいないが、原告に対しては、処分に対して審査請求した以降の共済年金が返還される可能性があり(その方向で運動中でもある)、その資金で、本件訴訟の記録化が可能になるかもしれないほか、代理人が一杯飲ませてもらえることである(ただし、まだ取らぬ狸であり、筆者だけの思い込みかもしれない)。
この手の訴訟は、国や自治体を相手とする、ことに原告からすれば保護費等を支給する側(支給してくれる側)の行政を相手とするので、その精神的な苦労は、きわめて大きいものがあろうし、さらに、無報酬で動くことの多い代理人やその他の支援者に対してすらも精神的に苦労するようであり、前記の一杯は、筆者が好きであること以上に、原告を含めた関係者全員にとり、単なる勝訴の酒以上にうまいものとなるものであろう。
 
六 生活保護関係訴訟について


生活保護処分を争う訴訟は、かなりの数があり、各地で激しく、かつ厳しい裁判が続けられている(詳細は全国生活保護裁判連絡会〈事務局は京都・竹下義樹法律事務所〉へ問い合わせて下さい)。
本件は、最近最高裁へ係属した三件の訴訟の一つであり、生活保護裁判史上初めて一審、控訴審そして最高裁と勝訴した例といわれている(他の二件は、名古屋の林訴訟〈一審勝訴、控訴審敗訴、最高裁敗訴〉、福岡の中島訴訟〈一審敗訴、控訴審勝訴、最高裁係属中〉である)。
生活保護関係訴訟は、いわゆる朝日訴訟以降、多くの原告や代理人・支援者等がたたかい、勝訴・敗訴の結果だけではなく、国や自治体の施策、そして法の形成に影響を与えてきた。
本件は、一審で勝訴確定した秋田の加藤訴訟とともに一審・控訴審・最高裁で勝訴して、生活保護法四条の収入認定についての流れを大きく規定していくものと考えられ、過去の幾多の訴訟・運動と同様の社会的意義があったものと思う。

七 本件の具体的訴訟進行について


筆者ら代理人は、本件をすすめる際、どのような土俵を設定し、裁判所をどのようなところへ引っ張るか、裁判所にどの点を印象づけるかを考えた。
社会保障関係裁判は、前述の通り、法律や政策などにも影響を与えるだけの社会性あるものが多く、その意味で、国などの側の抵抗も大きくなるし、裁判所が積極的な判断を避ける可能性もある。
その中で、本件をいかにたたかうか? 原告側の取った方針は、徹底しての具体性、本件原告に限定しての主張であり、訴訟としては幸いではあるが、現実としては不幸なことに、原告の生活は、きわめて介護不足であり、その他の生活費も低いレベルとならざるを得ないものであり、二四時間介護が必要な原告の一般社会での生活は、われわれはもちろん裁判所から見ても、特殊かつ闘争的なものであり、この現実をとことん突きつけることであった。
もちろん学者の協力も仰いで、障害者問題や生活保護に対する視点を教化するとともに、十分に理論的補強は行ったが、国との理屈による空中戦を避けて、原告の生活という動かし難い現実を突きつけた。
今後の訴訟においても参考となるものと思う。

八 今後の課題等


本件の具体的問題としては、すでに触れたが、過去分の収入認定された年金の返還を受けることが必要である(筆者が美酒にあずかるためにも必要である)。
また、この種の訴訟は、実費としての訴訟費用はもちろん、代理人の費用、各種運動の費用等が、きわめて不足である。生活保護裁判連絡会等が構想する裁判支援基金等の創設が望まれる。
さらに、本件では、生活保護基準そのものの見直しという、大きな論点では敗訴している。また、原告に対する介護のあり方そのものについての議論はつくされていない。今後の課題である。

九 さいごに


以上、もっともらしくいろいろなことを書いてきたが、このような訴訟は、あまり難しいことを考えていては前にすすまない(終了したところで本稿のように好きなことを述べれば良いのである)。
相手は強く、問題は深刻かつ難しい、お金はない、……しかし、否、だからこそ、こんなに楽しい訴訟はない。
勝っても負けても、十分に意義ある訴訟であり、楽しく、気楽に取り組むしかないし、こんな訴訟の一つもあってもいいじゃないか?というところではないでしょうか!
なお、本件の一審および控訴審判決に対する学者の見解がいくつも発表されている。関心のある方はそれらを参考として下さい。


編集後記

新設大学の非常勤講師を引き受けて一年以上が経過した。「勉強しない大学生」に覚悟はしていたが、私語・出歩き・飲み食いの多さは想像以上だった。そこで、プレゼンソフトによる図や写真、身近な具体例を用い、これ以上ないほど噛み砕いたことばを心がけて、学生の興味を引くようにしている(大学の授業で「ここ!テストに出ます!」なんてセリフは言いたくないが)。それにしても、あるとき憲法九条に対する意識を問うと、半数以上の学生が、改正して正規軍を備え、海外派兵することに賛成していた。理由の多くは、北朝鮮およびテロリストの脅威である。おそらく、学生にかぎらず、多くの一般市民の意識も同様だろう。これに対して、平和憲法の意義を、単なる思想や歴史としてではなく、現代に通用する合理的な規範として「科学的に」「平易に」解説することに苦労している。何かいい教科書はないだろうか。    (町田正裕)