395 2004・1・25

56期新入会員を迎え
第3回拡大常任委員会を開催(京都)


五六期新入会員の歓迎をかねた第三回拡大常任委員会が、京都市・京都弁護士
会で一二支部一地域五八名が参加して開催された。今回は五六期の新入会員歓
迎の特別企画として、神戸大学の二宮厚美教授をお招きし、「人権活動と新自
由主義」と題した講演をしていただいた。この講演は、「青年法律家」の号外
として発行予定である。


一 憲法課題

一日目は、まず憲法問題から議論を開始した。
憲法調査会の動きについて、鈴木敦士会員(東京)から、憲法調査会は、総選
挙もあったので、大きく動いていないが、相変わらず安全保障をドラスティッ
クに変える議論が継続していることなどが報告された。
有事法制の国民保護法制については、大山勇一憲法委員会事務局長(東京)か
ら、二〇〇三年一一月二二日に政府の要綱が発表され、価格統制や、ライフラ
インについての統制が内容とされており、通行禁止違反などの罰則が加えられ
ていること、地方自治体の対応として鳥取県がいち早くマニュアル作りを始め
ていることなどの動きが報告された。
各地の取り組みとして、山田安太郎会員(千葉)から、房総半島の戦跡めぐり
をして平和の尊さを確認する運動などが紹介された。その他、イラク派兵反対
運動についての行動を強めるべきといった議論がなされた。
特別報告として、五六期の田場暁生会員・久保木亮介会員(いずれも東京)か
ら、アフガン報告がなされた。アメリカのアフガン戦争の国際法違反を、ブッ
シュ大統領を被告として訴えるアフガン国際民衆法廷の運動上、検事団として
の証拠収集のため、アフガンに赴いての実態調査報告である。涙で証言できな
くなるような生々しい証言を得られたことが、ビデオの映像を交えながら報告
された。参加者からは、新しく会員になった五六期会員が、このように新しい
運動に意欲的に取り組んでいることに感銘を受けた旨の発言がなされた。
最後に、一〇月一五日に緊急発表した「『テロ対策特別措置法』の延長に抗議
する」と題する議長声明が承認された。

二 二宮厚美講演
  「人権活動と新自由主義」

特別講演として、二宮厚美神戸大学教授に、「人権活動と新自由主義」という
テーマの講演をいただいた。新自由主義の流れが強まっていること、それが新
しく「権力の暴力」と「市場の暴力」といえる社会の暴力関係を生みだしてい
ること、結果として「自由」を強調しながら、実質的平等を奪っていくという
新しい人権問題が提起されていること、憲法の人権の高い命題と現実との隙間
について、人権問題の専門家としての青法協が広範な市民に提起することに高
い意義があること、といった内容が話された。

三 司法制度改革

立松彰司法問題対策委員長(千葉)から、刑事司法の問題にしぼってレジュメ
「三位一体の刑事司法『改悪』の全体像」に基づき報告があった。
刑事司法をとりまく状況は、人質司法の問題を放置する一方、第一回公判期日
前の新たな準備手続きを導入し、「迅速」処理をすすめるが、被告人の防御権・
弁護権が侵害されるおそれが強いこと。しかもこの手続きが非公開の状態で従
来公判廷で行っていた手続きのうちかなりの程度実施し終えてしまう内容で、
これに裁判員が関与しないため、裁判員制度の趣旨である市民感覚が生かせる
制度となっていないなど、問題がきわめて大きい。リーガルサービスセンター
構想についても、弁護士会の関与がはずれ法務省の強い監督と効率性を優先す
る業務運営の下で、弁護活動の自主性、独立性の維持が困難であること。即決
裁判手続きについては、自白の強要をもたらす危険が強いことなどの報告がな
された。次いで、現在募集中のパブリックコメントへの意見表明「即決裁判手
続に対する意見」(案)の提案がなされた。
そして、討論を経て、「即決裁判手続に対する意見」を一部修正の上採択、井
上座長案「考えられる刑事裁判の充実・迅速化のための方策の概要について」
および「考えられる裁判員制度の概要について」に対するパブリックコメント
についても意見書を出すことが承認された。
法科大学院制度については、萩尾健太会員(東京)から、先ごろなされた文科
省の設置認可について、手続き面における問題が大きいこと、地方偏在格差が
あることが報告され、「法科大学院の自治と教育の自由を尊重した設置認可を
求める決議」(案)の提案がなされた。田畑元久会員(山口)、阿部潔会員(宮
城)、五六期の岩橋英世会員(福岡)、そして木下智史青法協議長らから、報
告の内容を深める内容の議論がなされ、決議案は、修正のうえ翌日採択された。

四 地元企画「日栄・商工ローン
  弁護団の取り組み」

地元京都支部の企画として、牧野聡会員から、日栄・商工ローン弁護団の取り
組みについて報告された。
違法金利とたたかうための訴訟上の工夫、とりわけ、最高裁対策として、被害
者の顔写真をいれたビラを配布するといった取り組みが報告され、現在は、論
点が多岐にわたる商工ファンド訴訟に努力をしている旨の内容で、五六期の新
人会員を中心に参加者の感銘を呼んだ。

五 第一二回人権研修交流集会
  実行委員会

二日目はまず、第一二回人権研究交流集会実行委員会が行われた。笹本潤実行
委員会事務局長から、全体の準備状況について、ポスターとチラシが完成しチ
ケットとともに各支部に配布したこと、チケットについては一般参加券を五〇
〇円と前回よりも下げたが、弁護士協力券は支部の全会員数を目標として資金
集めをしてほしいこと、メーリングリストやマスコミに働きかけて宣伝をして
ほしいことなどが報告された。
続いて、全体会担当者から、企画の内容について、青法協創立五〇周年という
こともあり、イラク派兵など九・一一後の情勢を踏まえて大きなテーマを設定
したい、ブッシュ政権の特徴である単独行動主義ではなく、違う道を模索しよ
うという動き(力による支配ではなく法による支配、一国主義ではなく他国主
義)に注目し、日本のわれわれが世界とどのように協力できるかを議論したい、
との報告があった。具体的論点はさらに詰めていくが、プログラムとしては、
@水島朝穂早稲田大学教授の基調講演、ANGOのアピール、Bパネルディス
カッションを予定していると説明がなされた。
討議では、フリージャーナリストに借用するなどして映像も用いるべきだ、臨
場感を持って憲法九条が世界に通用することを話してほしい、被害の実態を明
らかにすることで傍聴者が議論の目的を分かるようにすべきだ、アナザーワー
ルド・イズ・ポッシブルは青法協自身にとっても市民団体とともに新しい運動
をつくるための一つの出発点という意味で意義がある、資金集めに関して各支
部ごとの割り振りなど具体的内容を早めに伝えてほしいとの意見が寄せられた。
分科会については、新たに戦後補償分科会が名乗りをあげたことが紹介された。

六 修習生・学生支援

まず、赤木俊之会員(和歌山)より、五六期修習生は任官者拒否者が九名も出
たこと、最高裁の基準変更との発表はあるもののその内容については任官希望
者に明らかにされていないこと、引き続き五六期で弁護士会に声明を出すよう
求めるなど対応について検討することなどが報告された。そして、立松会員(千
葉)より、一回の指名諮問委員会の審議で採用の可否が決定されてしまうこと
については日弁連も疑問を呈しており、新しい制度の下でかかる問題が生じて
いることを踏まえるべきであるとの補足がなされた。
続いて、上野格修習生委員会委員長(東京)から、五八期のプレ研修は一一月
二五日から始まり、ガイダンスもおおむね成功であった、今後は新年会や五七
期の一月集会の機会に全国交流を行い、修習生部会をつくっていきたいと報告
された。
学生支援については、大前治会員(大阪)より、勉強会の宣伝を含めた青法協
のガイドブックを作成し大学や予備校に配ったところ、二六名の受験生の参加
を得て勉強会が開かれた旨の報告がなされた。その他あいち・東京での取り組
みも紹介された。
次に法科大学院への青法協の関与のあり方について議論がなされた。
まず、上野修習生委員会委員長より問題提起がなされた。修習生の青法協活動
においても、弁学合同部会の支援なしには困難が大きい昨今、まして法科大学
院生については、私たちの積極的な関わりが不可欠であること。そのためには、
学内に青法協の拠点を持ち、法科大学院生とのつながりを持ちたいとの観点か
ら、パンフの作成、学内外での講演会、エクスターンシップを利用した現地調
査や原告聴き取りなど取り組んでいくべきこと、今後地方に法科大学院ができ
るため本部のみならず各支部で学生支援に取り組んでほしいことなどが提起さ
れ、高森裕司会員(あいち)からも活動の経験が紹介された。法科大学院生を
青法協の会員とすることについてはさまざまな意見がだされた。法科大学院生
への支援の必要性が大きいことには異論がない一方で、多くの問題点が指摘さ
れる法科大学院を「認知」し、市民権を与えることは適切ではないとの意見、
また大学院生を青年「法律家」と呼ぶことは現時点では難しいのではないかと
いう意見も述べられた。
米倉勉弁学合同部会議長から、次回の常任委員会でさらに論議を深め、総会で
法科大学院生支援と組織のあり方についての方針を決定したいというまとめが
なされ、継続審議となった。
最後に尾林芳匡会員(東京)から、青法協創立五〇周年企画の進行状況(記念
誌、レセプション)について報告を受け、二日間にわたる会議を終了した。
(文責 笹本尚人・小海範亮)

◎青年法律家協会創立五〇周年記念レセプションのご案内◎
 * と き 二〇〇四年五月一四日(金)
           一六時〜一八時 パネルディスカッション(予定)
           一八時三〇分〜 レセプション
 * ところ 如水会館 (東京都千代田区一ツ橋二―一―一)


東京で会いましょう
第一二回人権研究交流集会まであと二カ月


第一二回人権研究交流集会まで二カ月を残すばかりとなりました。ポスター・
チラシ・チケットもすでにみなさまのお手元に届いていることと思います。チ
ケットの普及とともに集会へのご参加が集会成功の鍵となっています。すべて
の会員のみなさまのご協力を心からお願いします。

i 全 体 会 の ご 紹 介
九・一一後、アメリカによるアフガニスタンやイラクへの侵攻、それに対抗す
るかのようなテロの頻発など、世界ではますます「暴力の連鎖」が深まりを増
しているかのように見受けられます。また、日本でも、「有事」関連三法や対
テロ特措法、イラク特措法などを制定させ、こうしたアメリカ政府のブッシュ・
ドクトリンに象徴されるような単独行動主義に追従する姿勢を明らかにしてい
ます。
しかし、こうした傾向がますます顕著になるなかで、世界では、反グローバリ
ゼーションやイラク反戦の声も高まり、一〇〇〇万人を超える取り組みも行わ
れ"Another World Possible !!"てきました。そうした取り組みは、(もう一つ
の世界は可能だ!)をスローガンに掲げ、アメリカの「力による支配」とは異
なる対抗軸を模索し、世界の市民に示そうと試みています。
そこで、全体会では、「いま平和の創造力を!」と題して、こうした二つの大
きな潮流のなかにあって、私たちは九・一一後の世界をどのように見たらよい
のか、そして日本に住む私たちは何ができるのかといったことを考えたいと思
います。あわせて、法律家・NGO・市民が、どのように連携できるのかにつ
いてもそれぞれ立場から意見を交換したいと考えています。多くの方の参加を
お待ちしています。

第12回人権研究交流集会
いま平和の創造力を!−みんなで世界をつなげよう
全体会 3月20日(土)早稲田大学国際会議場
分科会   21日(日)早稲田大学西早稲田キャンパス14号館

    [プログラム]
○第1部 
基調講演
「ポスト9・11時代の
世界と日本をどう見るか」
講師・水島朝穂(早稲田大学教授)
○第2部 
映像で見る過去の戦争と現代の戦争
○第3部
 パネルディスカッション
"Another World is Possible!!"
・パネリスト 
 水島朝穂(早稲田大学教授)
 吉岡達也(ピースボート共同代表)   
 土井香苗(弁護士)
 李 正姫(韓国の民弁所属)
・コーディネーター 
 猿田佐世(弁護士)


i 分 科 会 の ご 紹 介

よみがえれ! −有明海・川辺川・高尾山
*自然環境分科会

今、日本各地で、むだで有害な公共事業に対する国民の怒りの声がわきあがっ
ています。
一九九六年六月二六日、熊本地裁に提訴した「川辺川利水訴訟」、二〇〇〇年
一〇月二五日、東京地裁に提訴した「高尾山天狗裁判」、そして、二〇〇〇二
年一一月二六日、佐賀地裁に提訴した「よみがえれ!有明海訴訟」。
二〇世紀は、 公共事業を食い物にする政官財のゆ着により、かけがえのない自
然環境と生きものたち、そして、そこで暮らす人間の生活が奪われた世紀でし
た。
二一世紀は、どうでしょう。
長野県では、田中知事の脱ダム宣言でむだなダム開発にストップがかかりまし
た。熊本県では、住民の力で、二〇〇二年五月一六日、川辺川利水事業の差止
め判決を勝ち取りました。また、世界を見回すと、お隣韓国では、セマングム
干潟の干拓工事差止めの決定が下りました。
このように、時代の潮流は、完全にむだな公共事業をストップし、自然環境の
保護と共生を図る方向に大きなうねりを見せています。
それにもかかわらず、わが国政府は、この世界の潮流に目をつぶり、公共事業
に依存した体質をやめようとはしていません。
有明海の干拓工事、川辺川の開発、高尾山の自然破壊を中止することができる
かどうかが、今後一〇〇年のわが国環境行政の行方を決定するきわめて重要な
ターニングポイントとなります。もし、これらの事業を中止できなければ、日
本の山は、むだな道路と産業廃棄物処分場に埋め尽くされ、日本の川は、ダム
とコンクリートの護岸工事で痛めつけられ、日本の海は、自然の海岸線を失い、
魚や鳥が遊ぶ海は昔話になってしまうことでしょう。
私たちの子や孫に、「お父さん、お母さん、あんなに汚い海で海苔が採れてた
んだってね。あんなに汚い川で鮎が獲れてたんだってね。あんなに排気ガスだ
らけの山に鷹がいたんだってね。信じられないよ」などとは絶対に言わせたく
はありません。
自然環境分科会では、開発前の豊かな自然環境を撮影した貴重な映像なども上
映し、みんなで、二一世紀の日本の環境行政のあり方について考えたいと思い
ます。   (福岡 後藤富和)

自動車が空気を汚す −都市部の深刻な大気汚染
*大気汚染分科会

一 はじめに―企画の趣旨 

二〇〇二年一〇月二九日、東京地方裁判所は、現在進行形の自動車排ガス大気
汚染の深刻な現状に目をつぶり、現に被害に苦しむ多くの患者の救済を拒否し
たきわめて不当な判決を下した。
今回の大気汚染分科会においては、ク大気汚染公害問題がけっして過去の問題
ではなく、今まさに拡大し続ける身近な問題であること、ケぜん息等患者の被
害が、想像を絶する深刻なものであること、コこの問題が東京の一部にかぎら
れるものではなく、全国の主要都市にも共通する問題となっていることを、一
般市民、とくに若い世代に知ってもらい、ともに考えかつ行動してもらうきっ
かけにしたいと考えている。

二 企画の内容

構成を二部構成とし、第一部では、基調報告として、@東京の大気汚染の実態、
A未認定(未救済)患者の悲惨な被害実態、B児童・生徒に急増する気管支喘
息患者数などについて分かりやすく報告してもらう。
@の汚染実態は、市民が専門家の手を借りて自ら調査した結果をもとに報告す
るもので、スライドなど駆使して、誰にでも分かる内容となっている。Aは、
環境経済学専攻の若手研究者たちが中心となって行ったアンケート調査をはじ
めとし、これまで一般には知られていない被害の実態を浮き彫りにする。Bは、
文部科学省の「学校保険統計」をもとに、小・中・高校生の、気管支喘息の発
症率が、全国的に急増している実態(たとえば、大阪市では、一九七六年時と
比較して約七倍に増加し、東京では全国平均の約二倍の発症率となっているな
ど)を報告する。
第二部は、シンポジウム形式として、患者・研究者・弁護士・学生・市民にパ
ネリストとして参加していただき、大気汚染公害問題の意味や、これを解決す
るためには何が必要なのかなどについて、それぞれの立場から自由に発言して
もらい、今後の解決の方向性を探っていきたい。
市民が考える大気汚染問題というコンセプトで、初めての方でも興味を持って
もらい、自分たちの身近な問題として捉えてもらえるよう、今後も準備をすす
めていきたい。
       (東京 大江京子)

すべての職場に労働のルールを 〜派遣だってフリーターだって労働者
*非正規雇用分科会

ある若者の話をします。彼は、携帯電話を販売する仕事に魅力を感じ、希望に
燃えて電化製品量販店で販売業務に就きました。しかし、そこで彼を待ち受け
ていたものは、すさまじいばかりの暴力でした。「笑顔が足りない」「動きが
とろい」と言われ無き中傷の果てに、四度にわたる暴行。「トイレを磨け。そ
の後で便器をなめろ」との暴言まで言われました。
私が、現在事件として担当している「ヨドバシカメラ違法派遣暴行事件」です。
なぜ、ここまでのことを? 理由の一つが、彼が派遣=非正規労働者であった
ことです。
日本ではこのような人権侵害が後を絶ちません。労働問題は、働く人一般に対
して起こるため、国民にとって、もっとも身近な人権侵害問題です。とくに、
非正規労働者には、集中してあらわれています。合意した労働条件が守られな
い、賃金不払い、休暇がとれない、暴力、いじめ、セクハラ、労働災害、あげ
くの解雇(雇い止め)。ヨドバシカメラの事件は、ほんの氷山の一角にすぎま
せん。二〇〇三年の労基法、派遣法の改訂によって、非正規労働者は増加の一
途をたどり、彼らに起こる矛盾も増加傾向を強めるでしょう。
憲法は、二七条で、国民の勤労する権利を定めています。それが、「健康で文
化的な最低限度の生活」の実現につながるからです。とすれば、「正社員」で
あれ、「非正規社員」であれ、「普通の暮らし」の実現のために働く権利があ
ることに変わりはありません。この分科会は、増え続ける非正規労働者の現状
を考察し、彼らの人権を守るためにできること、すべきことは何かを議論して
いくものです。
進め方としては、@非正規労働者の現状と日本の法規制についての報告、A非
正規労働者の労働条件向上のためのたたかいの紹介(青年ユニオンなどを予
定)、B非正規雇用問題についての諸外国の取り組みの紹介(韓国「非正規労
働者センター」の活動紹介、オランダモデルの当事者オランダの労組FNVの
活動についてスライド付きで紹介)、C会場発言を含めた討論を考えています。
労働事件に取り組んでいる方も、これから取り組みたいと考えている方にも、
ぜひ知ってもらい、また、知恵を出し合ってほしいテーマです。ふるってご参
加下さい。 (東京 笹山尚人)


日本テレビ視聴率操作問題を論ず
東京 梓澤 和幸


世間は目まぐるしい。もう過去の問題を論じているような錯覚にさえとらわれ
る。だが、実は、真の問題は何もえぐられることなく、当該の局の役員がほん
の少しだけ首をすくめて時だけが過ぎて行く。もう一度何がおこったのかを正
確におさえ、これが一般の人々にとってどんな問題だったのかを明らかにして
おきたい、と思う。


何がおこったのか

日本テレビ視聴率操作調査委員会の調査報告書(www.ntv.co.jp)は、経緯を次
のように述べている。
「一九八四年日本テレビに入社した制作局所属のプロデューサー(四〇歳)は、
自分の担当する番組の視聴率の数字を上げたいと考え、興信所を通じて、視聴
率調査対象世帯一〇数件をつきとめ、知り合いの外部制作スタッフを通じて金
品交付による番組視聴を工作した。
プロデューサーが対象世帯との交渉を担当する制作スタッフに支払った報酬は
一件訪問ごとに二万円、その世帯が番組視聴を承諾するごとに一万円を加算し
て支払い、対象世帯には商品券一万円を交付した。このような工作の結果六世
帯を番組視聴世帯として獲得したという。また、興信所には、一件分一〇万五
〇〇〇円の調査料を払った」

組織的関与、責任はないのか

ない、とするのが報告書の結論だが、筆者は疑問をもって読んだ。
プロデューサーが視聴率操作に用いた工作資金の総合計は八七五万三五八四円
である。プロデューサーは、制作会社四社に指示して架空の支払い請求を日本
テレビあてにさせて一〇〇七万六五八五円を捻出し、うち、調査、工作資金に
八七五万二五八四円を用いた。
調査報告書は、「プロデューサー以外の日本テレビ役員、社員が本件視聴率工
作に関与したとは認められない」との判断を示した〔同報告書5(5)、7(2)〕。
萩原社長は、二〇〇三年一〇月二四日の初めての記者会見のときから、個人の
金が使われたもので、会社の金は出ていない、一部の不心得者がやったことで、
他の幹部、社員の関与はないと述べていた。
たまたま会見のニュースをテレビで見ていた私は、こんなに早く組織疑惑を否
定してよいのかと疑問をもってみていた。そのうち、もっとすごいことが出て
くるのではないか、と見ていた。報告書は会社の金が使われていた、という事
実を認定した。他の社員の関与はない、ということで、会社に責任は一切ない
としているがこれでよいのか。
調査報告書の中に、次のくだりがある。
「(プロデューサーは)調査会社Aから自己の銀行口座に五〇万円を振り込み
送金させて自己の出費を回収した後、これを補うべく架空の調査費用六三万円
を日本テレビから調査会社Aに支払わせた(傍点筆者)事実もある」〔調査報
告書5(3)〕。
日本テレビから直接モニターを調査する金が出ているのだ。
さて、調査報告書には、六三万円(六件分)の興信所に払われる調査費用を日
本テレビが支払うにあたり、いかなるチェックをして支払いに至ったのか、こ
の点についていかなる調査をしたかの記載がない。プロデューサーが経理に伝
票をおこす際にチーフプロデューサーのチェックはなかったのか。
番組を作る制作局が調査会社を利用することがそう頻繁にあるとも思えない。
支払い請求のための原始証票、調査目的の特定は、経理部からの支払いにあた
ってなされなかったのか。
調査委員会の調査が徹底したものであったのか、われわれとしては判断のしよ
うがない。

動機と背景をどうみるか

プロデューサーは、一九九七年一〇月から日曜日ゴールデンタイムのレギュラ
ー番"ダントツ平成キング"のチーフディレクターを担当したが、視聴率九%
にとどまり、一九九八年三月、番組は打ち切りとなった。
それ以来、社内での地位、評価の低下を気にしており、「視聴率一五%を取ら
ないと俺はもうだめだ」ともらしていたという〔前同、調査報告書5、2(2)〕。
日本テレビは、視聴率四冠王をとり、萩原社長の「率こそ命」の進軍ラッパも
よく知られている。
詳細はわからないが、制作・報道の分野で視聴率をとれるかどうかが人事のモ
ノサシになっていることは、否定しがたいところであろう。会社の政策がプロ
デューサーの行為の背景になっていることは間違いない。
調査委員会は、視聴率と人事の関係にズバリと切り込むべきだったが、このこ
とについては一行もふれていない。労働組合は当該単組・単産(民放労連)と
もこのことを究明すべきだ。

もう一歩えぐった調査を

調査委員会の人選にはもっと意を用いるべきだったと思われる。広告主代表、
消費者代表など外部の人員の起用も検討されるべきだったと思われる。せめて
監査法人が入るべきではなかったか。
このような場合、しかるべきNGOがあって、調査をする力をもつべきだと思
う。当面は、日弁連、たとえば、人権擁護委員会などが調査にあたることを検
討すべきだ。株主代表訴訟に取り組む人々も課題として考えてよい。

さらにえぐってみると

いろいろな論者が、問題を論じているが、現状をそのまま陳列しているだけの
ような気がする。
いわく視聴率万能主義がいけないとか、番組を質でみよ、とか。
そうではなく、視聴率偏重によって犠牲にされていること、公共の財産である
べき電波が、電通など広告業界・放送業界によって消費され、公共性が犠牲に
なっていることを人々が問題にすべきなのだ。筆者は、民放各局のすぐれた番
組を顕彰する「民放連賞」の審査員をつとめているが、地方の予選を通ってく
る審査対象の番組には、反戦・えん罪・犯罪被害・過疎・薬害・環境・南北問
題などといった注目すべきものがある。しかしそれらは軒並み夜中の一時、二
時、三時の放映である。
視聴率がとれないから、という理由からであろう。巨大な利益優先のために、
市民が事実を知るという人権が犠牲にされているのである。
こういうことを持続的に問題にしていくNGOが育つべきだと思う。日弁連や
各単位弁護士会、法律家団体もそういう力をもちたい。


◎カンパのご報告とお礼
 このたび、全国トンネルじん肺補償請求団、ハンセン国賠訴訟東日本弁護団
より、青法協弁学合同部会に過分なるカンパをいただきました。ここにご報告
し、お礼にかえさせていただきます。


裁判官の支配 −死文化する法律
東京 後藤 富士子



一 忌避理由を問わず簡易却下

九州のある支部に係属中の刑事事件でのこと。
「証拠物たる書面」の取調べを請求したところ、裁判長は、「書証はすべて検
察官の同意がなければ証拠調べできない」と信じ込んでいて、検察官が「不同
意」と述べると、関連性の有無を検討もせずに「却下」する。これに異議を述
べても、法解釈を誤っているのだから、「却下」となる。これを何回も繰り返
したあげく、被告人に対して「有罪の証拠があるのになぜ否認するのだ」と、
不思議な質問をする。どうしようもないので、期日前に「証拠物たる書面」八
点を書面により取調べ請求し、関連性のみならず、「検察官の同意を要しない」
ことまで記載した。さらに、「却下」を予測し、「忌避申立書」を準備した。
忌避理由は、「刑事訴訟法の基礎知識と刑事裁判の実務経験が乏しいことに起
因して、検察官に盲従している」というもので、合議体の裁判官全員を対象と
した。
期日には、検察官が一点同意し、その余を不同意にしたので、裁判長は自動的
に、一点採用、七点却下の決定をした。そこで、私は「忌避を申し立てます」
と述べて、準備していた「忌避申立書」を書記官に渡し、理由を陳述しようと
していたところ、裁判長は、「どれに対する異議ですか?」と訊くので、私が
「異議ではなく、忌避です」と述べると、咄嗟に「簡易却下」と叫んだ。この
決定をめぐって激しいやりとりがあったが、合議しないで決定した違法だけは
認めたものの、理由も訊かず、申立書も見ずに、両陪席に合図をしただけで、
改めて「簡易却下」の決定を言い渡した。
即時抗告をしたところ、高裁決定は、「原裁判所は、事前に合議して簡易却下
するという認識を共有していた」という驚くべきものであった。
こうした裁判官の言動を見ると、「忌避が認容されることはありえない」とい
う確信が前提にあるのだと思われる。すなわち、「忌避なんて、すべて訴訟遅
延目的なのさ」と考えているから、申立の理由も訊かず、合議もせずに「簡易
却下」するのだし、「事前の合議」などという論理も出てくるのであろう。こ
うして、実定法である刑事訴訟法の忌避制度は死文化し、「判例」という名の
「裁判官の支配」が貫徹するのである。

二 反証を許さない「真正推定」

民事訴訟法二二八条四項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印
があるときは、真正に成立したものと推定する」と規定している。
ところが、この「推定」の反証が認められることはきわめて稀な例外である。
それは、昭和三九年の最高裁判決が「印影による推定」を認めた結果、署名の
筆跡が本人のものではないことが明らかで、それが不自然な場合でさえ、「真
正推定」を覆すことができない。これは、一種の「法定証拠主義」のように作
用して、ずさんな事実認定を合理化する根拠とされている。こうして、この条
文は、反証を許さない「擬制」と書き換えられるのである。
英米のように判例法の国では、その判例の射程をきちんと限定するため、事案
の「事実」と判例の「論理」を詳しく検討したうえで、「判例法」の適用がな
される。これに対し、日本では制定法主義であり、そのために法律の条文はき
わめて抽象的で簡潔である。したがって、事案ごとに帰納法的な法解釈適用が
なされることによって、判例が豊富化していくはずのものである。
しかるに、実際には、法解釈適用が演繹的になされるので、「最高裁判例の拘
束力」を梃子にして、判例が実定法に取って代わり、「裁判官の支配」が現出
するのである。


司法制度改革 今月の論点
リーガルサービスセンターの罠


1 リーガルサービスセンター(LSC)の具体像は未だ不明である。しかし、
以下の点はほぼ間違いないものと言えよう。
@運営主体は法務省
 所管の独立行政法
 人であること。
A常勤弁護士、契約弁護士(LSC弁護士)が所属すること。
B刑事弁護、法律扶助事件のほか、一般事件の受任もあること。
C弁護士やその隣接職種への相談・事件配点がなされること。
以上を前提に、弁護士の業務と弁護士会のあり方にどのような影響が生じうる
かを考えてみよう。
2 第一に、少なくともLSC弁護士は、その所属弁護士会および日弁連(弁護
士会等)からの監督や懲戒を受けるほか、服務規律の下、LSCによる独自の
監督や懲戒ないし不利益処分を受けることになろう。そして、LSC弁護士の
数が多くなれば、それに応じてLSCの弁護士全体に対する統制力が相対的に
高まることになる。
この場合の統制原理は、弁護士会等におけるそれが「基本的人権の擁護と社会
正義の実現」であるのに比して、「効率性」であり(独立行政法人通則法三条
一項、二九条二項二号、三〇条二項一号等)、統制主体が国家機関であること
に注意を要する。たとえば、国家機関たる検察官の起訴した事件の弁護人が間
接的であるにせよ、その検察官の属する法務省から監督されるのである。しか
も、非効率的な弁護活動はLSCに相応しくないとされる。
3 第二に、LSC弁護士受任件数が増えれば、それに応じて一般弁護士の受任
件数が減ることになる。いかなる基準と規模でLSCが直接受任することにな
るかは現在のところ不明であるが、法務省等の恰好の天下り先であり、しかも
効率性を旨とする機関であるLSCが、自己増殖し、可及的に多数の事件を受
任して規模の利益を追及することになるであろうことは見やすい道理である。
他方で、弁護士数が飛躍的に増大するのであり、一般弁護士の窮乏化は避けら
れまい。
4 一般国民は、見ず知らずの弁護士事務所より、いわば国家機関であるLSC
の門を叩くであろう。そのLSCが弁護士への事件配点をするとなれば、多く
の弁護士はLSCの契約弁護士や提携弁護士になる道を選ぼう。多くの顧問先
を持つ恵まれた弁護士を除いて多数の一般弁護士は、いよいよLSCになびく
か独立を維持しながらの窮乏化を選ぶかの選択に迫られる。こうして、LSC
の経済力と統制力は質的にも量的にも非常に大きなものとなろう。
そのようなLSCの規模と力は、単位弁護士会はおろか日弁連にも匹敵するも
のとなり、あるいはこれを凌駕することにもなりうる。このLSCが組織の論
理で所属弁護士等を動かせば、弁護士会等の空洞化は避けられない。
こうして彼我の力の差は拮抗し、逆転し、それが永久化しよう。
5 確かに日弁連の存在そのものが絶対ではなく、その価値自体が問われること
があり得るのかもしれない。
しかし、国家権力や圧倒的な経済力に対峙して基本的人権の擁護と社会正義の
実現をめざそうとする弁護士が、その任務を全うしようとするとき、その職と
活動の独立が確保されねばならない。これを制度的に担保するものとして弁護
士会がある。その機能を他の機関や組織に委ねる方策もありうるかも知れない
が、これを国家機関に任せようというのは背理と言うべきものである。
そして、いま、一歩一歩、完全でもなく直接的でもないが、国家機関が弁護士
を管理する道に分け入ろうとしているのである。
(群馬 樋口和彦)


事実誤認として逆転無罪判決
−アリーさんの盗品有償譲受け事件−
新潟 齊藤 裕


二〇〇三年一〇月二二日、東京高等裁判所刑事一一部(白木勇裁判長)は、新
潟地方裁判所(榊五十雄裁判官)で有罪判決が言い渡されていた、被告人シェ
ザード・アリーさんの盗品等有償譲受け被告事件について、事実誤認として無
罪を言い渡しました。以下、同無罪判決について、弁護団(高島章・大澤理尋・
大貫憲介・毛受久の各弁護士)を代表してご報告致します。 
           
1 アリーさんはパキスタン人男性で、中古車輸出会社を経営しています。
アリーさんは、二〇〇一年三月六日、パキスタン人であるAおよびBから中古
トラックを金四〇万円で買い受けました。ところが後程、そのトラックが盗難
車であることが発覚し、AおよびBは盗品等有償譲受け被告事件の被告人とし
て起訴されるに至りました。
アリーさんはその中古トラックが盗難車であることを知らなかったのですが、
AおよびBが、アリーさんから盗難車を売るよう依頼され、アリーさんに盗難
トラックを売ったとの供述をしたことなどのため、二〇〇二年一月一四日には、
アリーさんは盗品等有償譲受け事件の被疑者として、新発田警察に逮捕されま
した。       
2 二〇〇二年二月一三日には、新潟地裁に盗品等有償譲受け被告事件として起
訴されました。         
新潟地裁では榊五十雄裁判官が当初から担当しましたが、毎回のように不当な
訴訟指揮が行われました。
新潟地裁の審理において通訳をしていたのはバングラディシュ人の方でした。
よって、パキスタン出身の被告人にとっては不適切な通訳人と思われました。
そのため、弁護団の通訳問題担当の大貫弁護士が、法廷で、書証の証拠調べに
先立ち、榊裁判官に通訳人の差し替えについての意見を言わせるよう要請をし
ました。ところが榊裁判官は、「証拠調べが終わってからにして下さい」など
として意見を言うことを認めませんでした。しかし、証拠調べ自体について適
切な通訳が行われなければならないはずですから、証拠調べが終わってから意
見を言いなさいというのはナンセンスであり、大貫弁護士はあくまで意見を言
わせるよう榊裁判官に求めました。
すると、榊裁判官は、大貫弁護士に対して、発言禁止命令を出し、大貫弁護士
がそれにも従わないでいると退廷命令を出し、それにも従わないでいると「監
置」と監置のための拘束命令を発しました。その他にも弁護団員について「売
名行為」と罵るなど、信じられないような言動が相次いだのです。 
二〇〇二年一〇月一八日には、榊裁判官は、アリーさんに対して、懲役一年六
月および罰金三〇万円の実刑判決を言い渡しました。
新潟地裁での審理では、Bがアリーさんから盗難車の購入を持ちかけられたと
いうのは嘘だという証言をしたのですが、判決では、AおよびBの供述につい
ては捜査段階での両者の供述がほぼ一致していることなどから、両者の捜査段
階での供述の信用性が高いとしました。  
アリーさんの供述の信用性については、本件トラックの車体番号が打ち変えら
れていること、トラックのドアには塗装が削られた跡があり、その上から白色
ペンキが吹きつけられていることなどから、中古車業者であるアリーさんが本
件トラックが盗難車であると気づかなかったはずはなく、それにも関わらず、
本件トラックが盗難車であると分からなかったというアリーさんの供述は信用
できない、としました。
3 アリーさんは前記判決に対して控訴を申し立て、私たち弁護団が再び東京高
裁での審理で弁護活動を行うことになりました。 
新潟地裁での審理中には、各期日後にはほとんど毎回保釈申請を行っていまし
たが、結審後も罪証隠滅のおそれがあるとして、保釈は認められませんでした。
しかし、高裁で控訴趣意書を提出後、保釈申請をしたところ、ようやく保釈が
認められ、アリーさんは一年余の身柄拘束を解かれることになりました。
私たちが控訴審で立証に力を入れた点の一つは、新潟地裁判決が前提とした経
験則、すなわち、@中古車業者は中古車を買うときに車体番号を確認する、A
カンバン(トラックのドア等にペイントされた会社名)がペイントで消された
ようなトラックは盗難車の疑いが強い、というような経験則は存在しないとい
う点でした。
そのような立証方針が功を奏し、二〇〇三年一〇月二二日、東京高裁刑事一一
部は、アリーさんに対して無罪判決の言い渡しをしたのです。
アリーさんの供述の信用性については、@およびAの経験則は存在しないと断
じました。AおよびBについては、自分たちが有罪を認めて有罪判決が確定し
ている盗品等有償譲受けについてさええん罪と主張するなどの事情があり、「両
名の証言は、その人間性さえ疑わざるを得ない内容といっても過言ではなく」
「両名が当審公判において示した特異な性格からすると、捜査段階における各
供述も、自らの刑事責任の軽減を策してその場限り述べた出任せのものである
疑いが払拭できない」として、AおよびBの供述は、捜査段階を含む全手続き
を通して信用できないとの判断を示しました。   
4 無罪判決は確定しましたが、榊裁判長が結審後も罪証隠滅のおそれがあると
して保釈を認めなかったこと、弁護人の正当な言動に対して監置のための拘束
命令を発したことはとうてい許すことはできません。そのため弁護団としては、
国家賠償請求訴訟を提起し、榊裁判長の責任を明らかにし、同時に、保釈のあ
り方、訴訟指揮のあり方も問うていきたいと思っています。
会員の皆さまにおかれましては、ご協力して下さるようお願い致します。

編集後記
 二〇〇三年があっという間に終わってしまった。だんだん歳月が過ぎ去るの
が加速するように思えて仕方ない。年をとるとそう感じるのだろうか。などと
いうと年齢がばれてしまいそうだ。さてそれでは、二〇〇四年の展望はいかに。
といっても、希望の曙光が見えてきたともいいにくい雰囲気である。当委員会
にしてもしかり、である。当委員会の課題は毎年変わらない。もっと読者の興
味を引く記事を載せられないのか。それより、メンバーに若者がなかなか定着
しにくい。委員長(編集長)、副委員長(副編集長)そろって勇退すれば、若
返りを図れるというのなら、喜んで勇退したいのだが、世の中そうは甘くはな
い。「もっとおもしろい広報紙にしてやろう」という、元気な若者が参加して
くれればなあ、などと思いつつまた年が暮れる。少しでも事態が改善されます
ようにという願いを込めて新年を迎えることにしよう。 (高野)


青年法律家協会弁護士学者合同部会◎決議・声明・意見書

以下は、二〇〇三年一二月に京都で開催された第三回拡大常任委員会で採択さ
れた諸決議・意見書とそれ以降発表した声明・意見書です。これらは、関係各
省、各政党、日本弁護士連合会・各単位会、関係諸団体並びにマスコミ各社に
送付しました。


法科大学院の自治と教育の自由を
損なう不明確な設置基準の運用を
批判する決議


二〇〇三年一一月二一日、文部科学省の大学設置・学校法人審議会が、法曹養
成機関である法科大学院の設置認可に関して河村建夫文部科学大臣に答申した。
答申は、設置認可を申請した七二校中六六校の設置を認めたが、大阪大と専修
大は「保留」、青森大・北陸大・愛知学院大・龍谷大を「不認可」とするもの
であった。認可と答申された法科大学院も、五二校について改善の必要な「留
意事項」が公表された。同大臣は一一月二七日、上記答申どおりの措置を行っ
た。
この設置認可に関する審理と答申については、教員審査の基準が設置認可申請
の締切り後に公表されるなど、基準の明確性に欠けることが新聞報道でも指摘
されている。このような不明確な設置基準の運用は、客観性・公平性が要求さ
れる行政手続きとして重大な問題を指摘せざるを得ないし、さらに問題は、こ
のような不明確な基準によって法科大学院の設置認可が決定されることにより、
大学自治の根幹たる教員人事や教育内容にまで文部科学省が介入し、恣意的な
運用が可能となる点である。さらにこの点については、法科大学院の設置後も
第三者評価機関による評価を経て設置認可の取り消し等がなされることが予定
されているので、設置が認可された大学についても、今回と同様の不透明・不
適切な手続きによる恣意的な運用がなされる可能性を危惧せざるを得ない。そ
うした危惧の存在は、法科大学院がそれぞれの独自性を発揮した教育を実践す
るにあたって萎縮的効果をもたらすであろう。
青年法律家協会弁護士学者合同部会は、かねてから法科大学院について、規制
緩和と新自由主義的立場からの司法「改革」を理念とし、政財界の求めるビジ
ネスロイヤーの量産を目的とする機関となり、人権擁護の担い手たる法律家の
養成という役割が後退して、法曹の変質をもたらす危険があると指摘してきた。
文部科学省、法務省や財界などの介入により、大学の自治が侵害され、自主的
な学問研究が損なわれ、人権擁護という実務法律家の任務を果たすために必要
な自主性、在野性をもった法曹の養成が困難になることの危惧である。今回の
事態は、その危惧を現実化させるものと言わざるを得ない。
当部会は、人権擁護の観点を備えた法曹養成制度を求めて運動してきた立場か
ら、あらためて法科大学院構想の持つ重大な危険性を指摘するとともに、今回
の大学設置・学校法人審議会の答申および文部科学大臣による不認可の措置に
ついて、法曹養成の過程を歪めかねない重大な問題があることを指摘し、大学
の自治と教育の自由を損なう不明確な運用を改め、公正な運用がなされるよう、
同審議会や文部科学省および関係機関に強く求めるものである。

 二〇〇三年一二月六日

青年法律家協会弁護士学者合同部会
第三回常任委員会



政府の基本計画決定に際し、イラク
への自衛隊派兵に反対する声明

                                   

一、自衛隊を派兵する基本計画の決定
政府は二〇〇三年一二月九日、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確
保支援活動の実施に関する特別措置法」(以下、「イラク特措法」という)に
基づき、自衛隊をイラクに派遣する基本計画を決定した。基本計画によれば、
その任務はイラク特措法三条一項一号の「人道復興支援活動」の他、同二号の
「安全確保支援活動」を掲げ、米英軍の活動を支援するための物資の輸送・補
給等を実施しようとするものである。この米英軍の活動は占領に抵抗する勢力
への掃討などの軍事行動を含むから、基本計画は軍事的支援行動そのものを認
めるものである。そして、イラク特措法一七条は自衛隊員及びその管理下に入
った者の防衛のために武器の使用ができるものと定めていることから、このよ
うな支援行動に際して攻撃を受けた際、防衛のための反撃がなされる可能性が
高い。
このような活動のために投入される自衛隊の部隊は、陸上自衛隊六〇〇人以内、
装甲車を含む車両二〇〇台以内、航空自衛隊の航空機八機以内とその要員、海
上自衛隊の護衛艦二隻、輸送鑑二隻とその要員という大規模なものであり、小
銃や機関銃等に加え、無反動砲、個人携帯対戦車弾等が装備される。

二、イラク攻撃の違法性と自衛隊派兵の違憲性
私たちは、米英によるイラク攻撃は、国連を無視したものであり、イラクの「大
量破壊兵器の保持」を理由に「予防」攻撃としてなされるなど自衛権の行使と
はいえないものであり、国連憲章第四八条・第五一条に違反する違法な武力行
使であることを指摘してきた。このような米英の違法行為への荷担は、やはり
違法なものである。
わが国の憲法は平和主義を掲げ、一切の武力による威嚇と武力の行使を禁止し
ている。それは、侵略の歴史と戦争の惨禍への反省に基づく決意であり、武力
による紛争解決の企ては決して事態を改善せず、新たな被害と憎しみを生みだ
し、紛争の拡大と深刻化を招くだけであることに思い至ったことに基づく。こ
のような日本国憲法の下で自衛隊をイラクに派兵することは、わが国の憲法に
違反し、許されない。

三、イラクの情勢と戦闘状態の発生の危険性
アメリカの戦闘終結宣言の後も、イラク各地においては抵抗勢力による米軍に
対する攻撃が続き、終結宣言以降の米軍の死者はそれまでの死者数を上回って
いる。さらに米英軍に対する攻撃のみならず国連現地本部事務所、赤十字機関、
イタリア警察軍、スペイン情報部員、韓国の技術者等への攻撃が続出し、つい
には日本の外交官二名が銃撃され殺害されるという事態が生じた。このような
一連の事態は、イラクの人々の間に米英の戦争とその占領に対する強い敵対的
感情があり、これに追従する国々や国際機関に対しても、米英と同視して攻撃
の対象とするという意思が込められている。日本の外交官への攻撃は、日本が
米英の戦争を支持し、自衛隊を派兵することを宣言してきたことを意識したも
のである可能性がある。
自衛隊による人道復興支援活動や、米英軍の軍事行動への輸送・補給等の支援
行動を行うことは、すべて米英軍による違法な戦争と占領への支援として、イ
ラクの人々からの攻撃の対象となる危険がきわめて高い。抵抗勢力による一連
の攻撃は、旧政権軍関係者の「ゲリラ戦」であれ「国際的テロリスト」による
攻撃であれ、イラク住民の支持が背後にあり、人々の「抵抗運動」としての意
味を認めざるを得ない。この間の小泉総理大臣らの「テロには屈しない」とい
う声高な意思表明は、イラクの人々に対し、テロとたたかうために自衛隊が派
遣されるかのように受け止められているであろう。また、上記の派遣部隊の重
装備は、このような攻撃を受ける事態を想定したものというべきである。
抵抗勢力からの攻撃に対して、自衛隊の部隊が「防衛」のためにイラクの人々
に銃口を向けるならば、それはイラクの人々との戦闘そのものである。このよ
うな戦闘によってイラクの人々に死傷者が生じれば、そのことがさらに人々の
憎悪をかき立て、自衛隊への攻撃が繰り返されるという悪循環が危惧される。
まさに、武力は新たな憎しみを生み、紛争の拡大と深刻化を招くという、憲法
の平和原則の戒めるところそのものである。イラクの人道的復興のためには、
自衛隊ではなくイラクの人々が望んでいる物資や人員をこそ送り込むべきであ
る。人道支援は、武力行使を行う当事者に対し公平性、中立性が保たれること
が要求されるものであり、米英軍の武力行使を支持した日本の軍隊が行うべき
ものではない。イラクの人道支援のために、わが国がなすべきことは、米国と
の同盟関係を強調して誤った戦争に追従することではなく、むしろ米英の誤り
を正し、国連を中心とした国際機関の中立・公平な関与のもとでイラクの人々
の主権を回復し、社会を安定させることである。

四、自衛隊の派兵は許されない
自衛隊の派兵により、戦後平和憲法の下で、曲がりなりにも日本が他国の人々
と直接に戦闘を交えることなく平和を維持してきた歴史が終わり、平和憲法を
投げ捨ててしまう第一歩となってしまう危険が大きい。イラクの人々は自衛隊
の派兵を望んではいないのであり、自衛隊の派兵はイラクと日本の平和を害し、
友好関係を損なうだけである。
私たちは、平和憲法を有する日本国民の名誉にかけて、政府に対し、決して自
衛隊をイラクに派兵しないよう求める。

 二〇〇三年一二月一九日

青年法律家協会弁護士学者合同部会
議  長  米 倉   勉



訴訟代理人費用の「合意による
敗訴者負担」に反対する声明

    
 二〇〇三年一二月二二日
青年法律家協会弁護士学者合同部会                       
議  長  米 倉   勉

私たち青年法律家協会弁護士学者合同部会は、本年八月、弁護士報酬の敗訴者
負担制度に反対する旨のパブリックコメントを発表した。私たちが、敗訴者負
担制度に反対する最大の理由は、この制度が、市民に対し、訴訟に負けたら相
手方の弁護士報酬まで負担しなければならないという不安を与え、市民の足を
裁判所から遠ざけるという萎縮効果をもたらし、市民が裁判によって紛争を解
決しようとすることを妨げるというところにあった。
ところが本年一〇月に入ってから、司法制度改革推進本部司法アクセス検討会
において、「合意による訴訟代理人費用の敗訴者負担制度」が委員の一部から
提案されるに至り、次回一二月二五日の司法アクセス検討会においては、当事
者双方に訴訟代理人がついている場合、裁判上の合意があれば、訴訟代理人の
費用を敗訴者が負担する制度(裁判上の合意による敗訴者負担制度)による取
りまとめ案が提出される予定と言われている。しかしながら、この「裁判上の
合意による敗訴者負担制度」は、私たちが従前指摘してきた敗訴者負担制度の
問題点を何一つ解決していない。

このような「裁判上の合意による敗訴者負担制度」については、訴訟代理人の
費用は各自負担の原則が貫かれているのであり、当事者双方に訴訟代理人がつ
いている場合に限って、しかも訴え提起後の裁判上の合意があることを要件と
するのであるから、市民に対する萎縮効果をもたらすことはないという見方も
ある。
しかしながら、仮に裁判上の合意に限るとしても、訴訟を提起した市民は裁判
の場で敗訴者負担に応じるか応じないかの決断を迫られることになる。合意を
しなければ裁判所に勝訴の自信がないとの心証を抱かれるリスクがあり、合意
すれば敗訴者負担のリスクを負わされる。正に「前門の虎、後門の狼」であり、
そのような決断を迫られるのであれば裁判はやめておこう、と市民が裁判所か
ら遠ざかることは容易に予見できる。
また、裁判において当事者が完全に対等平等ということはなく、多くの場合、
経済的・社会的な何らかの力の格差が存するのが通常である。その場合、比較
的力の強い当事者は当然に敗訴者負担を主張するが、それを求められた力の弱
い当事者が、まったくの自由意思で敗訴者負担を選択するということがあるで
あろうか。裁判所の心証を気にすれば、敗訴者負担に合意せざるを得なくなる。
これでは、一般市民は、裁判などやめておこう、という心理になっても仕方な
いであろう。
このように、「裁判上の合意による敗訴者負担制度」おいても、市民に対する
萎縮効果は十分にあるのである。

さらに、敗訴者負担の合意が裁判上のものに限られるとされたとしても、「敗
訴者負担制度」が導入されることにより、契約への「敗訴者負担条項」の導入
が加速される危険性はきわめて高い。こうした「契約上の敗訴者負担条項」が
一般的に導入されることにより、労働者・消費者・中小零細業者は、この条項
により訴訟代理人費用の敗訴者負担をおそれる結果、裁判所から足が遠のくで
あろう。
たとえば、就業規則に訴訟代理人費用の敗訴者負担が規定されている場合、労
働者は、会社相手に訴訟を起こせば、敗訴したら会社からその訴訟代理人の費
用の請求を受ける覚悟を余儀なくされる。これでは、労働者は、解雇や賃金・
昇進差別などの不当な行為を裁判で争うことに消極的にならざるを得なくなる。
また、消費者契約約款において「敗訴者負担条項」が規定された場合、業者に
対して責任を追及するために法的手段をとろうとする消費者のその足をとめる
結果となるし、請求金額の不本意な自己抑制をもたらすこととなる。こうした
弊害は、労働基準法や消費者契約法によっても除去することはできないもので
ある。
これは国民の司法アクセスを事実上抑制することにほかならない。

「裁判上の合意による敗訴者負担制度」のもう一つの問題点は、これまで損害
賠償請求訴訟の分野で獲得されてきた弁護士費用を損害の一部として認定する
という成果を失わせる危険性があるという点である。
公害や交通事故・消費者被害などさまざまな損害賠償請求事件において、発生
した損害額の一割程度を弁護士費用として、損害の一部と認定することが積み
重ねられてきた。さまざまな被害に悩んできた、必ずしも経済的に恵まれてい
るとはいえない被害者にとって、損害の一部として弁護士費用が認定されるこ
とはきわめて大切なことであり、切実なことであった。
仮に「裁判上の合意による敗訴者負担制度」が導入された場合、訴訟代理人費
用は、当事者間の合意により「敗訴者負担」に委ねられるべきものとして、損
害の認定から排除される危険性がきわめて高い。
「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は、被害者救済という損害賠償の理念
に反するものである。

手続き的な観点で言えば、今回の「裁判上の合意による敗訴者負担制度」導入
は、民主的な適正手続きを欠いたものである。
司法制度改革推進本部は、敗訴者負担制度について、本年七月二九日から九月
一日まで、いわゆるパブリックコメントの募集を行った。そこには、五〇〇〇
件を超える意見が寄せられ、敗訴者負担制度の導入に反対する意見が多数を占
めた。それは、「敗訴者負担制度」が国民の司法アクセスを疎外するものであ
るという懸念の現れであった。このパブリックコメント募集の際、今回の「裁
判上の合意による敗訴者負担制度」のごときものは、まったく国民の前に提示
されず、国民の意見は聴取されていなかった。
それにも関わらず、今回突如として、「裁判上の合意による敗訴者負担制度」
が浮上したことは、国民を愚弄するものと言われてもやむを得ない。意見を寄
せた個人・団体は、それぞれ司法の未来について思いをめぐらし、自らの考え
をまとめて、意見を司法制度改革推進本部へ届けているのである。のちになっ
て、そのときには知らされてもいなかった案が浮上したと知って、心穏やかで
いられる国民がいるだろうか。

そもそも、今回の「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は、将来的に訴訟代
理人費用の敗訴者負担制度を全面的に導入することをねらいとしたものと言わ
ざるを得ない。そのことは、一〇月三〇日の司法アクセス検討会で、「合意論」
を主張した委員から、「まずは、合意があれば敗訴者負担にできるという制度
にしておいて、その利用状況を見て次のステップにすすむという方法がいいの
ではないか」との発言がなされていることからも明らかである。「裁判上の合
意による敗訴者負担制度」は、敗訴者負担制度全面導入のための橋頭堡である。

私たち青年法律家協会弁護士学者合同部会は、憲法を擁護し平和・民主主義・
基本的人権を守る法律家団体として、また社会的に弱い立場にある多くの市民
とともに、消費者の権利、労働者の権利、公害・環境問題、医療問題、外国人
の権利、社会保障に関する権利、行政訴訟などに取り組んできたものとして、
今回の「裁判上の合意による敗訴者負担制度」に強く反対する。                  
以  上

即決裁判手続に対する意見

二〇〇三年一二月一五日
青年法律家協会弁護士学者合同部会

一 司法制度改革推進本部の裁判員制度・刑事検討会において即決裁判手続の
導入が提案された。証拠調べ等の公判手続きを簡略化し、原則として即日結審、
即日判決を行うというものである。検討会の「たたき台」及び「座長案」によ
れば、被疑者が被疑事実を認めており、かつ、検察官が事案の性質、公判にお
いて取調べを必要とする証拠の内容・量等を考慮して、即決裁判手続によるこ
とが相当だと判断したときに、検察官が被疑者に(弁護人が選任されている場
合には弁護人にも)異議がないことを確認した上で、裁判所に即決裁判手続を
申し立てることになる。そして、この手続では実刑を科すことはできないとさ
れており、執行猶予付判決ないし罰金刑が言い渡されることになる。
二 しかしながら、人質司法といわれる現状の抜本的な改善のないままこの手
続を導入することは、捜査段階における自白の強要と誤判をさらに増加させる
ことになる。
わが国における被疑者に対する身柄拘束の実情は、安易に身柄拘束を認める令
状実務と代用監獄を用いた身柄拘束という不利益の中で自白を獲得する、いわ
ゆる「人質司法」と呼ばれる状況にある。このような下で即決裁判手続が導入
されるならば、無実の被疑者は、長期の身柄拘束を覚悟して無実の主張を貫く
か、それとも、罰金刑ないしは執行猶予付有罪判決に服することと引き替えに
その意に反する自白をして身柄拘束を脱するか、という選択を迫られることに
なる。
このような状況の中で、捜査官から、「出たければ、罪を認めろ」という形で
の露骨な自白強要がなされる場合はもとより、あからさまな圧力ではないとし
ても捜査官から「事実を認めれば執行猶予になる」という誘導や示唆をうける
ことにより、虚偽自白を余儀なくされることがありうる。ことに、家族との関
係や仕事との関係で身柄拘束による弊害が大きければ大きい程、被疑者が意に
反した自白に傾く危険がきわめて大きい。今日でも略式罰金制度に同様の問題
が見られるが、即決裁判手続が導入されれば、この問題が自由刑にまで広がる
ことになるのであり、これは、誤判とえん罪の拡大を意味する。
三 そして、このことは、結果が比較的軽微だから弊害が少ないということに
はならない。現に六月以下の懲役又は五〇万円以下の罰金(東京の場合)とい
う比較的軽い法定刑を定めた迷惑防止条例違反の痴漢事件でえん罪が多発し社
会的な問題となっている。むしろ、結果が軽微に思える場合ほど、意に反した
自白への誘惑が強まるとさえいえる。
四 ところで、この手続の導入論の根拠として、捜査や裁判の効率化に役立つ
との議論があるが、不当である。執行猶予と引き換えに自白を獲得することで
捜査を「効率化」するのは誤った考え方であり、自白を偏重せず、合理的な疑
いを容れない程度の立証と、疑わしきは被告人の利益とすべきという原則にし
たがい、証拠が充分でない場合には起訴しないという運用を厳格に貫くことこ
そ肝要である。検察官の起訴裁量を適切に運用することにより、被疑者・被告
人の人権を保障しつつ捜査や裁判の効率化を図ることは充分に可能である。
また、導入論の根拠として、この即決裁判手続によって、被疑者・被告人の身
柄拘束の期間を短縮できるとの指摘もあるが、これも不当である。勾留実務の
現状は、刑事訴訟法が身柄拘束の要件として、逃亡や罪証隠滅を疑うに足りる
「相当な理由」すなわちこれらの蓋然性を裏付けるだけの具体的理由を求めて
いるにもかかわらず、逃亡や罪証隠滅の抽象的な「おそれ」だけで身柄拘束が
行われているのであり、こうした悪しき実務こそが、何よりもまず改善される
べきである。また、権利保釈制度が適正に運用されていない現状が改善される
べきである。これらの改善を放置したまま自白の強要をもたらす即決裁判手続
を導入して身柄拘束「短縮」を図るというのは本末転倒の議論と言わなければ
ならない。
五 何よりも、現行の刑事手続きの運用を改めることが先決であり、現状の「人
質司法」のもとで即決裁判手続を導入することは、自白の強要と誤判をさらに
増加させることになり、その導入に反対する。
以  上



「考えられる刑事裁判の充実・迅速化のための方策の概要について」及び「考
えられる裁判員制度の概要について」に対する意見


二〇〇三年一二月一六日
青年法律家協会弁護士学者合同部会

井上座長作成の標題の二つの「概要」が公表され、これに関連して意見が募集
されている。当部会はすでに、これら「概要」の原案である「たたき台」に対
して、「『刑事裁判の充実・迅速化について』(試案)に対する意見」(二〇
〇三・八・二九)と「『裁判員制度に関する政府素案(たたき台)』に対する
意見書」(二〇〇三・五・二一)を公表し、「たたき台」の構想が、被告人の
防御権の行使と適正手続の保障を侵害するとして批判した。今回公表された座
長の二つの「概要」(座長案という)は「たたき台」を基本とするものであり、
先の当部会の意見がほぼそのまま当てはまるものであるが、今回の意見募集に
合わせ、あらためて意見を表明するものである。 


第一 「考えられる刑事裁判の充実・迅速化のための
    方策の概要について」に対する意見

全般についての意見

(1) 被告人の「裁判を受ける権利」を保障し、適正な刑事裁判を実現するため
には、予断排除の原則のもとに、黙秘権をはじめとする防御権や弁護権を十分
に保障する適正かつ充実した審理が何よりも必要である。
そして、迅速な審理は、こうした充実した審理の結果として達成されるべきも
のであり、そのためにはなによりも、審理の長期化の原因として従来より指摘
されている身柄拘束と保釈の不当な運用、検察官手持ち証拠の事前全面開示の
否定、伝聞法則の形骸化現象など、人質司法、調書裁判といわれて久しい現行
刑事裁判の抜本的な改善、改革が必要である。
身柄拘束の適正化に関連して、起訴前保釈制度の導入や代用監獄制度、ビデオ
撮影による取調過程の保存、弁護人の取調立会権の制度化による取り調べの可
視化と適正化が急務である。
(2) しかるに今回の座長案は、現在の刑事実務の問題点に対する無反省と形式
的な当事者主義に立脚し、先に述べた刑事裁判の現状の抜本的な改善、改革に
ついては何ら提示しないばかりか、逆に「迅速」のみを強調するという被告人
の立場を無視した拙速主義により、被告人の黙秘権や弁護人選任権等を侵害し、
被告人の防御権の行使と適正手続の保障を侵害する内容になっている。
このような試案の提示する刑事手続きにおいては、被告人に対する人権侵害と
えん罪が多発する事態が強く憂慮されるのであり、容認することはできない。

個別論点についての意見

第一 第一回公判期日前の新たな準備手続


一 全体について
(1) 座長案の提示する第一回公判期日前の新たな準備手続は、予断排除の原則
に抵触するおそれがあり、また黙秘権をはじめとする被告人の防御権、弁護権
を侵害するものであり、とうてい賛成することはできない。
仮にこのような準備手続を導入するとした場合には、予断排除の原則、黙秘権
をはじめとする被告人の防御権や適正手続を保障する観点から、@この準備手
続を行うには弁護人の同意を必要とし、A事前の全面的な証拠開示のもとで争
点整理を行うものの、B被告側に争点明示義務は課さず、C準備手続における
被告側の証拠調べ請求は任意的なものにとどめるものとすべきである。
(2) 座長案の提示する準備手続は、争点の整理を中心としつつ、証拠開示の裁
定、証拠調べの請求とこれに対する意見の聴取、証拠能力の判断のための事実
の取調べ、証拠調べの順序、方法の決定等々従来公判期日において行われてい
た手続を包括的に含んでおり、被告側がこれに対応するには十分な準備が不可
欠である。
しかるに、座長案では、弁護人の同意を不要とし、弁護人が反対する場合にも
実施されることに加え、証拠開示制度について事前の全面開示を否定している
ことから、全面的な事前の証拠検討ができないまま準備手続が強行される。し
かも、弁護側に争点明示義務が課され、かつ準備手続終了後において終了時に
確認された争点と異なる主張をすることを禁止ないし制限しているため、被告
人、弁護人側の防御権行使は、著しく困難になる。
したがって、弁護人の同意なく、このような内容の第一回公判期日前の準備手
続を導入することはとうてい容認することができない。

二 準備手続の主宰者について
座長案は、第一回公判期日前の準備手続は受訴裁判所が主宰し、裁判員制度対
象事件については受訴裁判所を構成する裁判官がその権限を有するものとする。
この場合、受訴裁判所の裁判官が準備手続に関与することにより、起訴状一本
主義、予断排除原則との衝突が生じる。第一回公判期日前の争点整理制度を採
用するとしても、誤判の防止のために案出され、遵守されてきた予断排除原則、
起訴状一本主義は、「公平な裁判所」(憲法三七条一項)の要請として、なお
守るべき原則である。したがって、受訴裁判所の裁判官が関与することを認め
ることは不当である。
また、座長案のもとでは、裁判員の在廷しないところで、裁判官のみの関与に
よって争点整理等の重要な手続の一端が先行して開始されることになるが、こ
れでは裁判員と裁判官の間に情報の格差を生じ、結果として当該手続の中で、
裁判員が補助的・二次的な存在であるという位置付けをもたらし、かつ裁判員
の意識においても同様の認識を生み、裁判員の対等かつ主体的な関与を妨げる
ことになる。この点でもきわめて不当である。

三 証拠能力の判断について
座長案は、「専ら証拠能力の判断のための事実の取調べ」を準備手続で行うも
のとする。これによれば、違法収集証拠性の有無や自白の任意性の有無という
事実認定と密接に関連し、有罪無罪に直結する判断が、非公開の場で行われる
ことになり、きわめて不当である。
しかも、裁判員制度対象事件においては、裁判員の関与を排除して行われるこ
とになるが、市民感覚を最も発揮しうるこれらの判断に裁判員に関与させない
ことは、裁判員を補助的・二次的な存在と位置付けるものであり、この点から
もとうてい容認できない。

四 検察官手持ち証拠の事前の全面開示の否定について
座長案は、検察官手持ち証拠の事前の全面開示を否定したが、きわめて不当で
ある。
そもそも国家機関である捜査側と一私人に過ぎない被告人側の権限・力量の隔
絶という実態に鑑みれば、実質的な当事者主義を実現し、十分な防御権の行使
を保障するためには、事前の全面的証拠開示が不可欠である。「死刑台からの
生還」と言われた四つの死刑再審無罪事件をはじめとするえん罪事件のほとん
どは、検察官手持ち証拠の全面開示がなされなかったことに誤判の原因が存在
しているのであり、えん罪の防止のためには事前の全面開示が不可欠である。
また、座長案の提示する争点明示義務との関連においては、訴追される側であ
る被告人にとっては、検察官の事前の証拠開示なしに争点を提示することは不
可能であるから、被告人の防御権の保障のためには、全面的開示が不可欠なは
ずである。しかるに、争点明示義務を認める一方で事前の全面開示を否定する
ことは、被告人の防御権を無視するきわめて不当な提案である。

五 取調べ請求証拠以外の証拠の開示について
座長案は、弁護人側の証拠開示請求について、その理由を明らかにさせ、検察
官がその必要性を検討して開示の是非を判断するなど、対立的関係にある当事
者間の関係を無視した構想であり、およそ検討に値しないものである。ことに、
「特定の検察官請求証拠の証明力を判断するためにその証拠を検討することが
重要であること」を開示請求の要件にすること自体、証拠開示の意義を理解し
ないものであるし、「開示の必要性」の他に「弊害の有無、種類、程度等を考
慮して、相当と認めるときは開示しなければならない」としている点は、結局
被告人にとって必要・有利な証拠が開示されない結果をもたらし、不当である。

六 被告人側による主張の明示について
座長案は、被告人側が、「公判廷において、関係する事実の主張その他事件に
関する主張をする場合には、......準備手続において、あらかじめこれを明らか
にしなければならない」とした。しかし、このような争点明示義務を弁護側に
課すことは、訴追される側に過ぎない被告人にとって、防御権の行使について
著しい困難を強いるものとなりかねない。また、裁判は流動的なものであって、
公判期日におけるさまざまな手続の中で、やっと防御の方法を見いだし、取調
べ請求すべき証拠を見いだすことも珍しくない。ことに前項の検察官側の証拠
開示が全面的なものとならない場合には、著しく被告人の防御権行使を困難に
する。
そもそも、刑事裁判においては無罪推定の原則に基づき、挙証責任は検察官が
負っているところ、このような争点明示義務を課すことは、この原則に反する
ばかりか、被告人の黙秘権を侵害するものといえる。ことに後述の準備手続後
の主張や証拠調べ請求を原則として禁止していることを合わせ考えれば、その
侵害の程度は著しい。

七 準備手続終了後の主張及び証拠調べ請求の制限について
座長案は、準備手続終了に争点の確認をすることとしたうえで、弁護人は、や
むを得ない事由等がある場合を除き、準備手続終了後にこの確認争点と異なる
主張をすることができないとして、これを原則的に禁止した。また、準備手続
終了後の証拠調べ請求について、やむを得ない事由がある場合を除き、これを
禁止する。
しかしながら、このような準備手続終了後の新たな主張や証拠調べ請求を原則
的に禁止する見解はきわめて不当である。被告人は、事案によっては、検察側
の主張と立証を経ないかぎり、争点を認識することも証拠調べ請求をすること
もできないことがあり得る。一般に刑事裁判は「動いてゆく」ものであり、準
備手続の段階でその後の主張と証拠調べの方向を決めることは、少なくとも被
告人の側にとっては著しく困難である。公判期日における証言などを経る中で、
やっと防御の方法を見いだし、取調べ請求すべき証拠を見いだすことも珍しく
ないのである。このような実情の中で、準備手続終了後の新たな主張や証拠調
べ請求を原則として禁止する座長案は、被告人側の防御権行使を著しく困難に
する。

八 開示された証拠の目的外使用の禁止等について
座長案は、被告人及び弁護人は、開示された証拠を審理の準備以外の目的で使
用してはならないものとする。この規定は、「審理の準備以外の目的」という
きわめて抽象的な縛りで、その「目的外」使用を禁止し、かつその違反に懲役・
罰金刑を科している。しかしながら、これでは無実を主張する被告人や弁護人、
さらには裁判支援の人たちによる社会的な訴えかけ、報道機関に対する情報提
供などについてまで規制が及ぶおそれがあり、広義の弁護活動と報道活動を規
制する危険性がきわめて大きい。
このような規制の背景には、いったん嫌疑を受け、あるいは起訴された被告人
が、無実を晴らすためにはきわめて多くの困難があり、無罪の獲得にはさまざ
まな訴えかけや法廷外での活動が必要不可欠であるという実態に対する無理解
があるものと言わざるを得ない。


第二 連日的開廷の確保等


一 連日的開廷の原則の法定について
座長案は、連日的開廷の阻害要因を除去するための改善策を何ら提示すること
なく、かつ合理的な制度的裏付けのないまま、連日的開廷の原則を法定化すべ
きという。しかし、これでは、訴訟指揮権の強化により強引に連日的開廷を実
現することになり、被告人の防御権や適正手続の保障を侵害し、審理の拙速化
をもたらし、きわめて問題である。
そもそも刑事裁判では、事件により訴訟進行をめぐる事情が異なるのであるか
ら、各事件ごとに個別に判断すべきものであり、一律に連日的開廷の原則を法
定化することはなじまない。また、連日的開廷に基づく充実した迅速な審理を
実現するためには、その前提として連日的開廷の阻害要因となっている現行制
度とその運用の改善をなすことが不可欠である。このことは裁判員制度対象事
件において、より強く要請されるものである。
具体的に掲げれば、検察官手持ち証拠の事前の全面開示、ウエイティングトラ
イアル(公判待ち期間)の十分な保障、被疑者・被告人の身柄拘束からの解放、
伝聞証拠の排除法則の徹底、自白の任意性をめぐる争いの解消のための取調べ
の録音、録画化等の改善が必要不可欠である。ことに、被告人が具体的拘束か
ら解放された状況の下に、検察官手持ち証拠のすべての開示をうけ、これら証
拠の十分な検討、証人や関係人との打ち合わせ、弁護方針の検討等の準備を行
う期間が十分に保障されなければならない。

第三 訴訟指揮権の実効性確保


一 国選弁護人の選任について
このような制度は導入すべきではない。そもそも必要的弁護の制度は、基本的
に被告人の防御権を確保するためのものであり、裁判の迅速のために「訴訟指
揮の実効性確保」を目的として、職権による弁護人選任を制度化することは、
本末転倒である。
座長案は、弁護人が不出頭等の場合の対応として職権によって国選弁護人を選
任し、その弁護人が公判に立会っていれば弁護権は保障されていると考えてい
るようであるが、新たに選任される弁護人としても、事実関係及び公判手続の
全体を把握し、そのうえで被告人と接見を重ねて被告人との間で信頼関係を築
く必要がある。したがって、新たに国選弁護人を選任しても、相当の期間を経
なければ公判は開けないのであり、この制度はかえって訴訟の遅延をもたらす
ことになりかねない。
(1)弁護人が「出頭しないとき」への適用について
弁護人が出頭しない場合に、職権により弁護人の選任を認めるのは妥当ではな
い。   
裁判所による期日の指定によっては、弁護人の出頭が困難な場合もあり、ある
いは準備が難しいにもかかわらず期日を指定される場合もありうるのであり、
このような場合に、一方的に職権による弁護人の選任権を与えることは、強権
的な訴訟指揮を容易に行いうるものとすることになり、不当である。
(2)弁護人が「出頭しないおそれがあるとき」への適用
 について
弁護人が公判期日に出頭しないときにとどまらず、「出頭しないおそれがある
とき」や「在席しなくなったとき」にまで適用を拡大することは、なおさら、
弊害が大きい。
たとえば、「裁判所による期日指定に到底対応できないこと」を理由に抗議す
ることがあり得るが、抗議したこと自体をもって指定された公判期日に「出頭
しないおそれがあるとき」とみなしうることになる。これでは抗議行動自体と
それに引き続く協議の下における期日指定そのものを封ずることになり、弁護
権、防御権を侵害するばかりか三者の協議による訴訟進行システムをないがし
ろにする。
また、たとえば、審理終了時刻を大幅に超過し、弁護人が異議を述べているに
もかかわらず尋問の続行を命ずるなどきわめて問題のある訴訟指揮に対して退
席するということもあり得るのであり、こうした場合には「在席しなくなった
とき」に該当することになってしまうなど、きわめて不当である。
(3)準備手続への適用について
職権による国選弁護人の選任を、公判期日にとどまらず準備期日にまで拡大す
ることは、同様に不当である。これは、「第一回公判期日前の新たな準備手続」
を強く意識した規定と思われる。しかし、同手続は、弁護人の同意なく行われ、
かつ被告側に争点明示義務を課すなどきわめて問題が多く、こうした問題の多
い手続の中における裁判所の問題のある訴訟指揮に対する抗議行動が封じられ
ることは、きわめて不当である。
(4)私選弁護事件への適用について
私選弁護人が選任されている場合に、本規定を適用して職権で国選弁護人を選
任することは、厳しい弁護活動を行う私選弁護人を事実上排除して、裁判所の
訴訟指揮に「従順な」国選弁護人のもとで審理を促進することを可能とするが、
このこと自体、被告人の防御権を著しく侵害するものである。被告人の裁判を
受ける権利より訴訟促進を優先させることは不当である。

二 訴訟指揮権に基づく命令不遵守に対する制裁等に
  ついて
(1) このような制裁は、検察寄りの訴訟指揮が恒常化している現状の下で、「迅
速化」に反する弁護活動を権力的に抑制しようというものであり、被告側の防
御権、弁護権を著しく侵害する。
(2) 「出頭しないとき」の過料制裁は、公判期日が弁護人の都合を無視して決
定され、そのために弁護人が出頭できない場合までも、罰則の威嚇の下に裁判
所の意向にしたがった形での審理促進を優先させることを認めるというもので
あり、きわめて問題が大きい。 
(3) 尋問制限違反に対する過料制裁は、現状においても職権による尋問制限や
介入尋問が多発している現状の下で、反対尋問というきわめて重要な弁護側の
弁護活動をさらに規制するものであり、防御権を著しく侵害する。

第四 直接主義、口頭主義の実質化

直接主義、口頭主義の実質化のためには、裁判員制度対象事件か否かにかかわ
らず、伝聞証拠の排除法則が徹底した公判手続が実現されなければならない。
しかるに、座長案にはこの点についての配慮が全くなく、直接主義、口頭主義
の「実質化」を図ることは困難である。

第五 即決裁判手続

人質司法といわれる現状の抜本的な改善のないまま、この手続を導入すること
は、捜査段階における自白の強要と誤判をさらに増加させることになり、この
手続の導入には反対である。
そもそも座長案が挙げるような、争いのない、即決裁判が可能とされるような
事案は、現行制度においても長期間を要することなく審理が可能なはずである。
そして、その上でさらに被告人の身柄拘束による不利益を軽減しようという趣
旨ならば、権利保釈制度の運用改善で実現できるはずであり、上訴権の制限等
を含む、刑事手続の簡略化、適正手続の後退を進めるべきではない。

第二 「考えられる裁判員制度の概要について」に
    対する意見 
                              
全般についての意見

(1) 刑事裁判の現状を改善、改革するために、市民参加の制度を導入するので
あれば参審制では不徹底であり、陪審制を導入すべきである。
公正な裁判に資する真の市民の司法参加といえるためには、当事者の選択にし
たがい厳密な選定手続きにより予断や偏見をもつ者を排除した上で、一般市民
が証拠に直接触れ、市民常識に裏付けられた社会的経験則にしたがい「合理的
な疑い」の有無を判断し、公判中心主義・直接主義の下で「疑わしきは被告人
の利益に」という原則を徹底するシステムでなければならない。このような制
度として、陪審制度を導入すべきである。
(2) 仮に参審制度としての裁判員制度を導入するのであれば、第一には、その
前提として、現行の刑事司法の抜本的改善、改革が不可欠であり、第二に、裁
判員制度の具体的な制度設計の内容は、市民参加の意義が真に生かされるもの
でなければならない。
しかるに座長案は、誤判やえん罪防止という視点を欠き、深刻な刑事裁判の現
状に対する抜本的な改善、改革を放置し、現行の悪しき実務を前提に連日的開
廷の裁判員制度を構想しており、人権保障上きわめて不当である。
また、その裁判員制度の具体的内容には、以下述べるような多くの問題がある
とともに、制度的に裁判官と裁判員の著しい情報格差を生み、刑事裁判に「市
民感覚」を反映させて「裁判官と裁判員の相互のコミュニケーション」を図る
ことが著しく困難なものとなっており、きわめて問題が多い。

個別論点についての意見


一 判断対象について
(1) 裁判員の審理の対象は、基本的に事実認定と有罪・無罪の判断に限り、量
刑は除外すべきである。一般市民の健全な常識に委ねることが適切な判断をも
たらすという一般的な信頼は、事実認定の場面において発揮される。これに対
して量刑の判断は、行刑と矯正に関する専門的知見を必要とすること、刑事裁
判全体の中での平等性をも要することなどから、職業裁判官による判断がふさ
わしい。したがって、この観点からも事実関係に争いのない自白事件は裁判員
制度の対象とすべきではない。
なお、裁判員による量刑判断により、事案の内容に応じた国民の応報感情・処
罰感情を反映させることができるという意見もあるが、量刑については、国民
の処罰感情を直接的に反映させるよりも、職業裁判官がこのような国民感情を
踏まえた上で、冷静な専門的知見によって判断することが望ましいと考えられ
ることから、裁判員の判断対象とすべきではない。
(2) 座長案は、「訴訟手続に関する判断及び法令の解釈」に関しては、裁判官
の過半数の意見によるとし、裁判員は全く関与しないものとする。しかしなが
ら、法令の適用に関しても、証拠の採否と証拠能力の有無の判断には裁判員を
関与するものとすべきである。
これらの判断は事実認定の基礎となるもので、有罪無罪の判断と密接不可分の
関係にあるから、切り離して職業裁判官のみによる判断事項としては、裁判員
制を採用する意味がない。ことに自白の任意性や違法収集証拠性の有無は裁判
員の市民感覚を最も発揮しうる場面であり、裁判員を除外して裁判官のみで判
断するのは不当である。

二 被告人の選択権について
公正な裁判を受ける権利は、何よりも被告人の権利であるから、当事者が公正
と考える裁判体を選択できることが前提となる。したがって、市民参加の裁判
手続きを利用するか否かについて、被告人に選択権を付与すべきである。
裁判員の関与を事実認定にかぎるとしても、当該被告人が、一般市民の健全な
常識に委ねた方が適切な事実認定ができると信頼するとはかぎらないから、憲
法の保障する公正な裁判を受ける権利を保障する観点から、被告人に裁判員に
よる裁判を受けるか、職業裁判官による裁判を受けるかの選択権を認める必要
がある。

三 裁判員と裁判官の人数について
座長案は、裁判官を三名、裁判員を四名とするが、不当である。
(1) 裁判員の数は、職業裁判官よりも大幅に多い人数でなければならない。具
体的には、少なくとも職業裁判官の三倍以上の人数が必要である。
国民の司法参加によって現在の官僚的司法の欠陥を改善するという趣旨からす
れば、ただ参加するだけではなく、積極的な発言と十分な意見交換の場が確保
される必要がある。また、裁判の過程と結果に対して裁判員の意見を十分に反
映させるだけの影響力が確保されなければならない。職業裁判官の中にあって
素人たる裁判員の発言にそのような積極性を確保するには、人数比において大
きく上回っていなければならず、また、その意見を裁判に反映させるためには、
この程度の人数比が必要である。
ことに、「第一回公判期日前の新たな準備手続」を導入して、争点整理から証
拠開示の裁定、証拠調べの決定、証拠能力の判断のための事実の取調べに至る
手続を裁判員不在のなかで裁判官のみが準備公判開始前に行い、公判を著しく
簡略化したシステムが構想されていることと考え合わせると、裁判官と裁判員
との情報格差は著しいものがあり、裁判員が三倍以上いなければ、とうてい「裁
判官と裁判員の相互のコミュニケーション」を図ることは不可能である。
(2) 職業裁判官の数はなるべく少なくすべきであり、
 一名が望ましい。
複数の判断者による意見交換を通じた慎重な意思形成という合議体による審理
の意義は、職業裁判官が複数である必要はなく、全体として複数であることに
よって実現される。現在の裁判所法が三名の職業裁判官による合議体を定めて
いるのは、たまたま職業裁判官のみによる合議体であるからに過ぎない。
裁判員の意見交換によっては上記の合議体による審理の意義を実現できないと
いう見解は、参審制ばかりでなく陪審制自体をも否定するに等しく、また、事
実認定における一般市民の能力を否定する発想が基礎にあるというべきであり、
採用できない。
さらに、裁判官が複数になることにより「職業裁判官の一致した意見」が形成
されるとすれば(また、その可能性は高い)、裁判員の意見形成・表明に対す
る事実上の圧力となりかねないから、この点でも適切ではない。

四 対象事件について
(1) 自白事件には適用しないこと
被告人が争わない事件にまで適用する必要はない。量刑だけに一般市民を関与
させる意味はどこにあるのであろうか。重大事件における死刑か無期懲役かと
いう量刑の決定にあたる裁判官の精神的重圧は相当程度のものであるといわれ
ているが、無作為に選ばれた一般市民にこのような重圧を与えることには、大
きな問題がある。また、量刑については、一般市民が情緒的に反応しやすいこ
とも考慮されなければならない。
(2) 重大事件に限定しないこと
座長案は対象事件を重大事件に限定する。しかし、現在の形骸化した刑事裁判
の現状を改善するために導入するものである以上、重大事件に限定する必要は
ない。痴漢えん罪事件に典型的にみられるように、軽微事件においても調書裁
判等の弊害は大きいのであり、市民常識を活かす余地は大きい。
むしろ、軽微事件から導入をはじめて、「市民感覚」を裁判に反映させ、制度
の定着を図るとともに対象範囲を拡大することの方がより現実的である。

五 評決について
座長案では、合議体の過半数で有罪の評決が可能となる。しかし、原則として、
全員一致とすべきである。
被告人を有罪とするためには、無罪の推定のもとで、合理的な疑いをいれない
程度の立証が求められる。したがって、裁判員及び裁判官のうち一人でも無罪
の意見を述べる者がある場合には、それ自体が犯罪事実の証明について合理的
な疑いを差しはさむ事態であると評価されるのであり、そのような場合は有罪
とされるべきではない。また、過半数による評決では、十分な議論のなされな
いまま結論に至るおそれがある。
なお、一般に陪審制を採用する国においては、全員一致でなければ有罪とでき
ない制度が多いことも参考とすべきである。

六 裁判員になることを強制することの問題性につい
  て
裁判を行うという営みは、最も真剣さと誠実さが必要な事柄であり、強制され
て関与することは、裁判員の職務にそぐわない。まして刑罰によって強制する
ことは、妥当ではない。

七 裁判の公正を妨げる行為の禁止について
「裁判の公正を妨げるおそれのある行為」という概念はあいまいであり、支援
団体などによる宣伝活動等まで規制される危険があり、妥当ではない。また、
裁判の公正を妨げるという理由で報道の内容を規制することは、表現の自由の
侵害であるとともに、裁判に対する自由な批判を困難にするのもであるから、
妥当ではない。
以  上