律家会弁護士学者合同部会
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岡口基一裁判官に対する裁判官訴追委員会による訴追に抗議し、
弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する罷免の宣告を行わないことを強く求める決議
1 岡口裁判官に対する訴追
 報道によれば、2021年6月16日、国会の裁判官訴追委員会(委員長・新藤義孝衆議院議員)が、岡口基一裁判官(以下「岡口裁判官」という)について、裁判官弾劾裁判所に対して罷免を求めて訴追することを決定したとのことである(以下「本件訴追」という)。

2 弾劾裁判のあらまし
(1) 身分保障の限界としての弾劾
 裁判官の独立(憲法第76条3項)を実効性あるものにするために、裁判官には強い身分保障が認められており、裁判官の罷免は、心身の故障のために職務をとることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(憲法第78条)。
 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設けている(憲法第64条1項)。裁判官を罷免等する手続きは裁判官弾劾法に定めがあり、まず訴追委員会が開催され、訴追委員会の訴追に基づき、弾劾裁判が行われる。
(2) 訴追委員会の訴追と弾劾裁判
 裁判官弾劾法に基づき設置され衆・参議員各10人で構成される裁判官訴追委員会は、裁判官弾劾裁判所への訴追権を独占する機関である(裁判官弾劾法第5条、第14条)。
 衆・参議員各7人で構成される裁判官弾劾裁判所が、訴追された裁判官に罷免事由があると判断して罷免の裁判を宣告した場合には、当該裁判官は裁判官としての職を失うとともに(裁判官弾劾法第37条)、事実上法曹資格も失う(弁護士法第7条2号、検察庁法第20条2号)。
弾劾による罷免事由は@職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったときAその他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき、のいずれかに該当する場合にのみ認められる(裁判官弾劾法第2条)。

3 過去の罷免事例
 日本国憲法制定後現在に至るまで、弾劾裁判所への訴追事件は9件である。
 そのうち罷免となったのは、@事件記録を放置して395件の略式命令請求事件を失効させたり知人の相談を受けて逮捕状を発したりした事案(1956年)A調停の申立人から酒食の饗応を受け、相手方の親戚の調停委員に酒を持参したりした事案(1957年)B検事総長の名をかたって内閣総理大臣に電話をかけた謀略電話の録音テープを新聞記者に聞かせた事案(1977年)C担当する破産事件の破産管財人からゴルフクラブ等の供与を受けた事案(1981年)D現金の供与を約束して児童買春した事案(2001年)E裁判所職員にストーカー行為をした事案(2008年)F電車内で下着を盗撮した事案(2013年)の7件である。
 いずれも重大な犯罪行為や違法行為もしくはそれに類する著しい不正行為が問題とされたものである。

4 本件訴追の問題点
(1)  本件訴追は裁判官の表現の自由を侵害するもの
 憲法第76条3項が、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めているのは、裁判の公正を保つために、裁判官に対する不当な干渉や圧力を排除し、裁判官の独立を実現するためである。
 裁判官に強い身分保障を認めることで裁判官の独立を確保しようとした憲法の趣旨からすれば、国会議員により構成される弾劾裁判所によって恣意的な裁判官の罷免がなされることはあってはならず、罷免事由としての「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき」「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」は極めて厳格に解釈されなければならない。
 本件訴追の対象となった具体的事実は未だ明らかではないが、報道等によれば、SNSでの発信やラジオ番組での発言が対象となったようである。対象となった言動が重大な犯罪行為や違法行為を構成するものであるということは現時点では認められず、各種報道および岡口裁判官自身の発信からすれば、過去の罷免事由に匹敵するような「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった」事実はうかがえない。
 そもそも、裁判官であっても、一市民として憲法上の権利を有することは当然であり、裁判官にも表現の自由は保障される(憲法21条1項)。SNSでの発信やラジオ出演といった表現行為も、当然憲法上の権利としてすべての裁判官に保障されるものであり、岡口裁判官以外にもSNSを利用している裁判官や書籍を出版している裁判官、テレビ出演をする裁判官は存在している。
 従前罷免事由に該当するとされた事案は主として重大な犯罪行為や違法行為等一見して明白な非行行為というべき事案であったところ、そのようなものに該当しない岡口裁判官の表現行為について本件訴追の対象とされたのであれば、訴追委員会の決定は岡口裁判官の表現の自由を侵害するものである。
 SNSやラジオでの発言等について、一般的には表現の自由の範囲内にとどまるものであるにもかかわらず、当該発言者が裁判官であるということをもって罷免事由とされ失職し法曹資格を失うという先例ができれば、裁判官の表現行為に対する絶大な委縮効果となり、他の裁判官の表現の自由も侵害される結果となる。
(2)  裁判官の独立を犯し市民の裁判を受ける権利の侵害につながること
 岡口裁判官の表現行為は、これまでの過去の罷免事由と比べても、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するとは言い難く、表現行為そのものを理由としてなされた本件訴追は、恣意的・濫用的なものと言わざるを得ない。
 このような裁判官に対する弾劾制度の濫用がまかりとおれば、裁判官の独立は画餅に帰し、市民の人権を擁護すべき裁判官としての使命を十分に果たすことができなくなるのは必至である。その結果として犠牲になるのは市民の裁判を受ける権利である。
 これまでも、平賀書簡事件(※1)や宮本裁判官再任拒否事件(※2)、寺西判事補事件(※3)など、最高裁判所がその人事権を利用して裁判官の独立を侵害する行為が繰り返されてきた。岡口裁判官についても、その表現行為に対する戒告処分が最高裁判所によりなされているが、この戒告処分については、当部会は2018年12月1日、岡口裁判官の表現の自由を不当に侵害するとともに、裁判官の独立をも脅かすものであるとして「岡口基一判事に対する戒告処分に対し、強く抗議する決議」を挙げているところである。しかし今回の事態は、国会議員により構成される訴追委員会が裁判官の表現行為を問題視し、弾劾裁判所を通じて恣意的に露骨な統制を行おうとしているという点で、これまでとは次元が違うものであり、裁判官の独立を侵害する極めて深刻な事態である。
 とりわけ岡口裁判官は、2020年の検察庁法改正問題について政府・与党の立場とは異なる見解を法律家として発信したり、LGBTQなどの少数者の人権保障を推進する立場からの発信等をしたりしているが、本件訴追にはそのような岡口裁判官の存在について疎ましく思う勢力の意向が強く反映されている疑念を抱かざるを得ない。
 これは、岡口裁判官個人の問題にとどまらず、すべての裁判官、ひいてはすべての市民の人権にかかわる重大な憲法上の問題である。

5 結論
 当部会は、訴追委員会による本件訴追に対して、強く抗議をするとともに、弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する罷免の宣告を行わないことを強く求めるものである。
2021年6月27日
青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 5 2 回  定  時 総 会

※1)自衛隊の合憲性が争われた長沼ナイキ訴訟において、1969年8月、平賀健太札幌地裁所長(当時)が、事件担当裁判長である福島重雄裁判官に対して住民の申立てを却下するよう求めるメモを差し入れた事件。札幌高裁は平賀書簡を公表した福島裁判官を注意処分とし、最高裁もこれを支持した。
※2)1971年3月、青法協会員であった宮本康昭判事補について、10年の任期を終えた際の再任を最高裁判所が拒否した事件。
※3)1998年4月、仙台地裁寺西和史判事補が盗聴法反対シンポジウムに一聴衆として参加し、パネリストとしての発言は辞退する旨述べたことが裁判所法52条の禁じる積極的な政治運動にあたるとして仙台高裁が戒告処分を行い、最高裁もこれを容認した事件。
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